第三章・笑美5
それからまた、三年。保に見つかることもなく、宇賀神さんと仲良く(なっかなかガード固くて、結局まだ付き合えてない)仕事を頑張っていた。気付けば、私も人に教える立場になってた。比較的、早い方らしかったけど、シフトの入れ方が他の人より多かったからまあ、当然っちゃ当然だろう、と調子に乗らないように宇賀神さんから釘を刺されていた。登録制のバイトと言うこともあって、たぶん、私と似たような境遇(家出娘、的な)なんだろうなぁ、って言うコも何人かいた。もしかしたら、宇賀神さんにも気付かれているのかも知れないなあ、とぼんやり思いながら、何とか日々を乗り切っていた。
「Dエリア担当の、石野って言います。今日一日、よろしくお願いしまーす!」
本日行われるフェアは例年、集客力がいいらしく、エリアが四つに分かれるくらい、大きな会場を押さえていた。一番小さいエリアのリーダーを初めて宇賀神さんに任されて、私は張り切っていた。マスコットキャラクターのグッズの売り子をまとめなくちゃいけなくて、女の子ばっかりぞろぞろといるのに圧倒されながらも、いつもやっている通りの仕事内容を言葉にして、みんなに伝えた。
「開始まであと一時間です。十分前には皆さん、配置についているようにお願いします。今日も一日、頑張りましょう! では、後ほど」
全員が集まってすぐ説明を始めたのに、もう派閥みたいのができている。このフェアの為に人を募ったせいもあって、メンバーの殆どが新人さんだ。私は私で唯一いるベテランのミチエさんと配置の確認をしようとしていた。ミチエさんは勝手が分かっているだけに、自分が楽な配置になっているのか気になるようだった。ベテランなのだから、集客の多いポジションに付けているに決まっているじゃないですか、と思いながら、偶然ここになりました、みたい顔して、ミチエさんの配置を指差す。そのタイミングで、おしとやかを体現しました、みたいな声がした。
「あの」
見たことのない顔だ。確か新人の子だ。今日、一発目だったと思う。過剰に仕事内容や立ち回りを確認したがる子は毎回いるので、その類だと思って振り向いたら、全然予想していない言葉をかけられた。
「ルイくんのお姉さんじゃないですか?」
言葉は疑問形だけど、彼女の中では殆ど確信があるようだった。るんを知っているコなら、そりゃ当然だ。私の苗字と、他ならぬ私の顔。血を分けているのだ、こんなに似ている女はこの世にいない。胸に付けているうちのバイトの登録証を兼ねるネームカードを密かにチェックする。
彼女の説明が要領を得ないのか。それとも、私の理解が追い付かないのか。
判然としなかったから、仕事終わりに時間を取ってもらった。
「涙が行方不明って、どういうこと?」
開口一番、私がそう訊いたことで、彼女はがっくりと俯いてしまった。
浅田さんの話を訊いて、まず思い当たることが一つだけあった。三年前のあの日に一度連絡を取った後、しばらくしてからまた連絡を入れたことがあったのだが、電源オフでずっとつながらなくて、しばらくして現在使われておりませんアナウンスになった。おかしいな、と思ったし、連絡が取れなくなってすごく、すごく寂しかったけど、石野家に帰れない私には確かめようが無かった。一度だけ、るんが出そうな日曜の夜を狙って家電に電話してみた。予想はしてたけどやっぱり篠美ちゃんが出たので、すぐに切った。篠美ちゃんの声に理屈でない嫌悪感が胸を占めて、それからはかけられなかった。そう言えばあの時、篠美ちゃんの声、暗かったかも……。
「お姉さん、何も知らないんですね……」
るんが失踪。私と同じように。失踪直前までるんのカノジョ(るんにカノジョがいたなんて! 報告受けてないんだけど! でも、そんなにオンナの趣味、悪くないみたいでちょっと安心した)だったと言う彼女。高校を卒業して、東京の大学に進学(流石、るんの通っていた高校だけに、進路が違う)して今、こっちに住んでるらしい。失踪のことも気になるけど、そもそもカノジョがいたことや、家を出た後のことを私はまるで知らないので、ひとまず外堀から埋めてもらった。東京で家出をしたことを他人に話すのは初めてだったけど、るんのことが気になり過ぎて、まるで当たり前のことみたいに私の事情をするする話していた。
私も家出していたことを告げると、彼女はなお肩を落とした。やっぱり、私は何も教えてもらえていなかったんだ、と。
理由を聞くと、結構長い話になった。バイト中に手短に訊き齧っていた情報が、少しずつつながっていく。およそ信じられない話が、いくつも並ぶ。現実にない話ではないと思うけど、それは一般論って言うか、世間にはあるだろうなって言う話であって、少なくともるんがやっていたこととは到底思えない。まるで画が浮かばないし、イメージが何をどうしても重ならない。家族と言う立場を取り払ったとしても、血の繋がりが無くても、それは大差無いのではないだろうか。少なくとも、彼女の話を聞いていると、るんが私をも欺いていたことはあまりにも明らかで、事実も相まってショックを隠せなかった。
るんが、失踪。原因は恐らく、担任教師との自分とで二股をかけていて、それがバレたこと。
事実が明るみに出て、担任教師は懲戒免職になり、るんは退学となった。しかし、その処分が出る前から、るんは学校に来なかった。彼女は気になって、遠いのにわざわざ石野家を訪ねてくれたらしいのだけど、芳しい答えは得られなかったそうだ。どころか、まともに応対してもらえなかった、と。まあ、それはでもしょうがない気がする。るんのそんな事実を知った上で、且つ、失踪したと言う時点で、あれだけるんラブだった篠美ちゃんの心が乱れない訳がない。石野家から子どもが一人もいなくなったと言うのも、篠美ちゃんにとっては、この上ない痛手のはず。自分のことを棚に上げることになるけど、そう思うと、篠美ちゃんがちょっと気の毒だった。だって、るんがいればあの家は、あの夫婦はきっと大丈夫だった。出てくる時、そんな確信(普通で考えれば虚しい確信のように思えるだろうけど、ここに折り合いがついたから私は迷うことなく出てこられた)があったから。
家出していた私が知っている事実は、一つとしてそこには無い。彼女の力にはなれそうもなかった。
ただ、大した情報にはなり得ないけれど、あともう一つだけ。時機をしつこく浅田さんに確認したけど、たぶん間違いない。
失踪したと言うるんと、最後に話をしたのは、たぶん私だ。
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