第三章・笑美4

 結果を言えば、宇賀神さんは一度も私に手出しをしなかったし、きちんと自立もさせてくれた。


 蓄えがある程度できたタイミングで、私は彼の部屋を出た。当然、不動産のチラシを破られることは無かったし、どころか彼は、部屋探しをアドバイスも交えて、甲斐甲斐しくサポートしてくれた。予定していたよりだいぶ遅くなったけど、私はようやく一人暮らしができた。あ、最初は寛軌先輩がいたから、別に一人暮らしを目指してた訳じゃなかったんだっけか。寛軌先輩とか、久しぶりに思い出した気がする。もう季節は春だから、高校は卒業した? それともあの調子だとダブったかもなあ。もう別に、どうでもいいけど。

 漉磯先輩にしても、宇賀神さんにしても、一部屋の中の一室を借りていたような状態だったから、水回りが自分一人の為だけに使えると言うだけで、嬉しかった。て言うか、きちんと独り立ちできたんだ、私。そう思うとたまらない気持ちになって、ベランダから実家の方向に向かって「ざまあみろ!」と叫んだ。当然、近所から苦情が来て、超恥ずかしくって、謝る時はめっちゃ顔が熱くなった。

 場所は結局、宇賀神さんの部屋からかなり実は近い。るんに電話してからは、必要以上に宇賀神さんに怯えることは無くなった。お世話になる恩義が降り募り、信頼度が増さざるを得なかった一方で、膨らんでいく想いがあった。

 ふと背の高い彼を見上げると、るんとはまた違う安心感がそこに生まれていた。まだ漉磯先輩とのことで怯えていた時のことを思い出す。頼りがいのある彼を見て、思ったこと。漉磯先輩のことが無かったら、好きになってたかも知れない。あの時、私は確かにそう思った。一度思い当たってしまうと、やっぱりダメだった。既に私は、宇賀神さんのことがどうしようもなく好きになっていた。ライブで寛軌先輩と並んで『三日月サンセット』を聴いた時の気持ちが、久しぶりに蘇る。あの曲が収録されてるのは、『GO TO THE FUTURE』って言うミニアルバムだったよね。CDは家に置いてきちゃってるし、タワレコに今度、買い直しに行こうかな。

 窓を開けると(叫ぶためじゃないから! もうしない、もうしないよ)、春風が吹きこんできた。家を出て、もう半年と少し。半年でここまで来れたのなら、上出来じゃないだろうか。私を支えてくれた宇賀神さんと、るんに心の底から感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る