11 常
行為が終わるとわたしはぐったりと疲れている
いったい何度玖珂さんに逝かされただろう。
すでにアイマスクは外されている。
だからわたしの目には玖珂さんの姿が映る。
わたし同様まだ裸の玖珂さんはラブホテルのベッドに結び付けられたわたしの左右の足のロープを解いている。
まず右足からだ。
「女性はいいな。何回も絶頂を迎えられて」
「男の人はやはり射精のときだけですか」
「そうだな。それが多少長く続くことがあっても、一波、二浪、更に三浪と繋がることはありえない」
「そうですか」
「それに一回の行為で十回も逝けない。少なくとも、ぼくには無理だな。ペニスが毀れてしまう。いや、その前に勃たないか」
わたしの両足の拘束を解くと、次は両腕の紐を解きにかかる。
「少し痕がついちゃったな。ごめん。夜までにはきれいに消えると思うが……」
「そうですか」
「下半身は靴下とジーンズでどうにでもなるが手首はね。だから女物の手袋を買ってきたよ」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ、ぼくの我侭に付き合ってくれてありがとう」
と言いつつ軽いキス。
途端に、わたしの胸が一杯になる。
玖珂さんを独り占めにしたい気持ちで溢れ返る。
それを、今このときだけ、と自分で感じることを許してしまう。
「きみは可愛いな。歳は一回りしか違わないから娘と言うには大き過ぎるが、そんなふうにも思える。だからときどき可笑しな気分になるよ」
「わたしは玖珂さんをお父さんには思えません」
「まあ、そうだろうな。近くてお兄さんというところか、あるいは親戚の叔父さんか」
「後者の方が近いですね。でも玖珂さんは玖珂さんです」
「それを言うならきみはきみだよ。月島さんだ。でなければ、こんな関係にはならなかった」
「後悔していますか」
「いや、きみの方はどうだ」
「後悔はしていません。今は幸せ過ぎて怖いくらいです」
「それは良かった。さあ少し落ち着いたなら、シャワーを浴びてきなさい」
「はい」
玖珂さんに腕を引かれ、わたしがゆっくりとベッドに起き上がる。
すると不意に欠伸が出る。
心地良い疲れがある。
でも始まりはあんなに怖かったのだ。
思い返しただけでもぞっとする。
「わたし、今日毀れてしまったかもしれません」
「ははは……。思い過ごしだよ。一晩寝れば元通りだ」
わたしは自由になった手で玖珂さんの股間で小さくなっているペニスをそっと触る。
それから脚をまわし、ベッドの外に出る勢いをつける。
ついで身を弾いて立ち上がるとバスルームに向かう。
玖珂さんのつい先ほどの言葉を頭の中で何度も繰り返すように唱えながら……。
吉祥寺のラブホテルを選んだのは二人の直接の知り合いが、まず訪れない場所だからだ。
しかし、それでも人の目は怖い。
休みが開け、会社に行くと早速後輩に話しかけられる。
「月島さん、昨日吉祥寺にいませんでしたか。玖珂部長と……」
「ああ、偶然会って」
「本当に仲が良いんですね。まるで恋人みたいに見えましたよ」
「うん、玖珂さん素敵だよね。奥さんがいなかったら、お嫁に行きたいところだ」
と自分でも白々しい嘘を吐く。
ついでそこは、奥さんとお子さんたちがいなかったら、と言うべきだったかと反省する。
「まあ、相手にされないと思うけどね」
けれどもわたしが付け足したのは、そんな月並みな言葉だ。
目撃者の後輩は単にわたしたち二人が街で歩く姿を見かけただけらしい。
これがラブホテルに入るところや出るところだったらと想像するとかなり怖い。
わたしはどう非難されようと構わないが、玖珂さんの職歴に傷がつくかもしれないと考えればやり切れない。
しかしわたしの心配を他所にその後事件は何も起こらず、後輩も誰に漏らすことなく忘れてしまったようだ。
また玖珂さんの奥さんがナイフを持ち、いきなりわたしの部屋に怒鳴り込みもしない。
日常は至って平穏か。
桐島薫が未だにわたしの部屋に滞在していることを除いては……。
「薫さあ、三週間目に入ったけど、まだいるの……」
とその日の夜に訊いてみる。
すると、
「もう少しだけ」
と薫が答え、
「本当はずっといたいんだけどダメだよね」
と続ける。
「不思議と窮屈じゃないから、その点では構わないけど、ホラ、わたしの彼がアレだから……」
「いつもホテルに泊まったんじゃ、お金がか
かるしね」
「それは、月に一、二回だから、そうでもないけどさ」
「ごめんね」
「いや、そっちの事情が片付かないなら仕方がないな」
と言ってみたものの、わたしには薫の事情の見当がつかない。
「月島さんって、そういうところがウブだから」
「そう言われてもな」
「もう少ししたら話せると思うから」
「じゃあ、待ってるよ」
だが、やがて明かされることになる薫の事情にわたしはただ驚いただけだ。
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