3 睦
玖珂貢とわたしとの関係は事故だ。
もっとも、すべての恋は事故かもしれない。
彼とわたしは性格的に相性が良く、わたしが彼の仕事ぶりに一目置き、彼がわたしの肢体に多少の興味を持っていたことは事故以前の事実だが、普通はそれだけで終わるだろう。
テレビドラマではあるまいし、一企業に最低一件の不倫があるとは限らない。
もっともそんなことから彼と話し始めたのが、わたしの運命だったのかもしれない。
だが、それも自分に対する言訳にしか聞こえない。
良くあるように飲み会の席だ。
某商品の一千台出荷記念パーティー。
わたしたち二人が勤める会社は精密機器メーカーで一般消費者向けではない商品を製造販売している。
だから数にして高々千台の商品が売れただけでも大ヒットなのだ。
家電とは桁が違う。
さらに価格も違う。
ちなみにわたしの社内での所属は開発部で、先の大ヒット商品担当課とは異なる。
「そんなこともないだろう。社内不倫は多いらしいよ」
玖珂とその話をしたのは二次会だ。
全部で三十名ほどの社員が居酒屋の一角に押し込まれる。
会社の別の社員集団が別の一角にいるのが見える。
開発部と国際部、それに営業部の半分は大抵一緒だが、総務部、経理部などとは一緒にならない。
サービス部は半々といったところか。
「前に何かで読んだが、良くあるらしいぞ」
「そうなんですか」
「ああ、まず飲み会。特に忘年会の場合は多くの事業所内社員が揃うから」
「今もそうですね。忘年会とは違いますが」
「確かにな。で、本会が終われば二次会、三次会に流れる。最近ではそうでもないし、また人にもよるが、上司は立場上、最後の会までいるだろう。で、会がお開きになり、終電がなければタクシーだ」
「そういえば、ウチの場合は毎年帰れなくなって寮に泊まる人がいるらしいですね」
「ぼくも昔、泊まったことがあるよ」
「へえ、吃驚」
「で、タクシーはもちろん乗り合いだ。男の上司と女の部下の自宅が同じ方向なら二人で同じタクシーに乗る」
「そんな偶然が……」
「黙って聞きなさい。他に同乗者があっても途中で降りれば二人きりだ。酒の勢いもあって上司が部下をホテルに誘い込み……」
「まあ、お互いに興味があればそうなるかもしれませんが、安っぽいですね」
「あのね、安っぽい話が安っぽく感じられるのは、それが良く起きることだからなんだよ。この会社じゃないが、ぼくの知ってる範囲でも飲み会不倫はあったな」
「おお、怖い」
「次のシチュエーションが社員旅行だ」
「玖珂さん、続くんですか」
「うん、もちろん。だが社員旅行中には男女の関係にはならないよ。あくまで、その後だ。開放的な場で仕事場とは違う一面を相手に見つけ、恋に落ちる。普段とは違う服の趣味とかもありえるな」
「それ、わたしは逆の話を聞きましたよ。会社で真面目に働く姿を見たので恋に落ちるのだって……。つまり仕事が好きならば、それをしているときが一番輝いて見えるという理屈です。だから職場によっては社内結婚が多くなり」
「月島さんは一々話の腰を折るね」
「済みません」
「まあ、いいけどさ。でもネットを見ると今の若い人たちは趣味優先だから仕事で輝くことなんて少ないだろう」
「わたしには何とも……」
「きみは優秀だからな」
「買い被りですよ」
「で、その次が二人きりの残業かな」
「まだ続きますか。久我さん、お代わりは」
「ええと、きみが飲んでるのは何……」
「角のストレートですよ」
「じゃあ、それ」
「矢島くん、部長に角のストレート」
「はーい、わかりました」
「今度は上司を既婚女性にしよう。彼女と未婚の若手社員数人が一緒に残業をしている」
「ウチには女性の部長はいませんよ」
「まあ、いいから、いから。で、夜も遅くなって若手男性社員が一人去り二人去り、やがて最後の男女二人になり残業終了。頑張って働いてくれた若手社員を労い、女上司がお酒に誘う。上司に誘われれば部下は従うしかないわけで」
「今の若い子たちは違いますよ。結構平気な顔をして断りますから」
「そうか。では、次のシチュエーションは出張だ」
「ですけど、そのケースだと疑われるのは玖珂さんご自身ですよ。海外出張に部下の女子社員を連れて行くじゃありませんか」
「参ったな。月島さんはぼくを疑うの」
「まさか。可愛いお嬢さんたちの写真も拝見していますし」
「月島さん、はい、これ」
「ああ、矢島くん、ありがとう。玖珂さん、お酒ですよ。ええと、お水は持って来なかったみたいだから、必要ならば、わたしのをどうぞ」
「ありがとう」
「まだ、ありますか」
「順番からいけば、次はプライベートな相談となるが、まあいいや。月島さんを口説きたくなった。この会が終わったら二人で何処か行かないか」
「明日は休みだし、いいですよ」
「じゃ、決まりだな」
だが、その最後の行き先がホテルになろうとは、あのときわたしは思いもしない。
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