2 住
わたしが一日中部屋の中にいるなら、すぐに息が詰まっただろう。
いや、そうでなくても部屋に帰って他人がいれば、普通は落ち着けないはずだ。
ところが薫は気にならない。
彼女の影が薄いところが上手く作用した効果なのか、と驚いてしまう。
さらに部屋に帰ればご飯がある。
わたしも自炊をするが、疲れているときは惣菜だらけだ。
最初の月曜日は薫に確認をしなかったのでわたしは食材を買って帰ったが、翌日の火曜日からは薫に連絡を取り、無駄をなくす。
日曜日の朝は余りもので軽く済ませ、昼は二人で外食、夜は一緒にスーパーで買い物をして一緒に調理をしたが、翌日の夕食の話をしなかったのだ。
もっとも月曜日にわたしが買った食材は薫が次のご飯のために使ったので無駄は出ていない。
「一人だと作り過ぎる気がなくても材料の関係で結局量が多くなるから、食欲がないときは余るのよね」
「それに毎日同じおかずが続くし……」
と夕食を食べながら二人でぼやく。
「その点、二人だといいわね」
「二人でも余るものは余るけどね」
と続ける。
確かに結婚してまだ子供がいないわたしの友だちは、
「時々どうしようもなく余るのよ」と語る。
「旦那のお弁当に前の晩のおかずを入れればだいたい片付くのに、何故か突然申し訳なくなって朝に作ったりすると絶対的に余る」
「あなたが食べれば」
「旦那の好みに合わせて作ったものは好きじゃないから無理」
「それなら旦那さんを、あなたの味に慣らせばいいのよ」
「それはそうだけど、しばらくかかるわ」
「まあね」
それから、わたしの弁当の盛り付け方……というか詰め方が変わる。
薫が作ってくれたから当然だが、会社で妙な噂が立つ。
月島灯(あかり)に料理上手の彼氏ができたのではないかというのだ。
別に気にする性格でもないので放っておいたが、事情を聞かれると説明に困る。
「友だちがしばらく部屋に泊まりに来ているので部屋代代わりに……」
最初の質問者の同僚に女友だちと説明しなかったのが悪かったらしい。
同棲疑惑が深まってしまう。
面倒臭いのでそのままにすると表面上噂は消える。
代わりに何故か祝福されたような暖かな視線を多くの社員たちから受けるようになる。
それで、わたしはそんなに男受けが悪い女と思われていたのかと実感する。
薫に話すと笑いながら、
「だって月島さんってクールビューティーだから」
と評す。
「クールはいいけど、わたしがビューティーか」
と返すと、
「あたしにはそう見えるけどね」
と色っぽい目でわたしを見る。
「止めてよ、気色悪いから」
「だって本当だもん」
「そういう目つきは男に見せろ」
「ねえ、月島さんも彼氏にこんな顔を見せるの」
「さあ、自分じゃわからないけど案外そうかもね」
「見たいな」
「ヤだよ」
可笑しな方向に話が進む。
「だけど本当に月島さんに彼氏っているの。あたし、ここにもう五日いるけど電話はないし、外で会ってるとか」
「教えない」
「ケチ」
「いずれ会えるよ」
「じゃ、愉しみに想像してるわ」
「ご勝手に」
わたしが玖珂貢(くが・みつぐ)に連絡をしないのは彼が現在日本にいないからだ。
だが、それはわたし自身に対する言訳で本当は電話がかけられない関係だからだ。
簡単に言えば不倫。
まさか自分がそんな面倒な恋をするとは付き合う前には思っていない。
玖珂はわたしの会社の国際部長だ。
月の三分の一は日本から近い韓国あるいは遠いブラジルと何処かしら海外にいる。
だから日本に帰ってくれば妻と二人の娘たちの相手でわたしを構う暇などないはずだが、月に一度か二度、裸に剥かれる。
悔しいことに彼はセックスがかなり上手い。
手と舌だけで逝かされたことさえ何度もある。
わたしの性体験数は少ないが、だから彼を上手く感じるとは断言できない。
身体の相性というものがあるらしいが、それがぴったりのようだ。
冗談は言うものの、玖珂は本質的に真面目人間だ。
彼がプレイボーイだったら、わたしは疾うに彼と別れていたはずだ。
現時点で、わたしは彼と別れたくて仕方がない。
……と同時に彼に抱かれたくて仕方がない。
彼との行為の間、普段のわたしは消えてしまう。
ただの恋する女に変わるのだ。
だから薫に言ったわたしの言葉は嘘ではない。
クールを装うわたしとしては沽券にかかわるので嘘にしたいが、今はまだそれができない。
また、いつできるようになるか見当もつかない。
「どうしたの、月島さん。急に難しい顔をして」
「いや、わたしの彼がアポなく急にこの部屋に現れたら薫をどうしようかと思ってさ」
「追い出すの」
「思案中」
「終わった頃に帰ってくるわ」
「簡単に言うけど気不味いぞ」
彼がこの部屋に来て帰った後、わたしが朝まで蕩けているとはとても言えない。
「確かにね。どうしようか」
「まあ、そのときに決めるさ」
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