予期せぬ訪問者(携帯用)
り(PN)
1 訪
何をするでもなく甲夜に寛いでいるとチャイムが鳴る。
今頃誰だろうと訝りつつ宅配を頼んでいたかなと記憶を探る。
覚えはない。
いつもならドアフォンで訪問者を確認するが、その日は何故か直接アパートの玄関に向かう。
予感のようなものがあったのだろうか。
「はい、今開けます」
と言いつつドアを開ける。
と、そこに覗いた顔は、
「薫(かおる)なの」
知り合いの桐島薫だ。
違う学科だが同じ大学に嘗てともに在籍し、共通の知り合いを介してお互いを知る。
彼女自身と深い付き合いはないが、仲間が集まれば、そこに彼女がいることが多い。
大学時代を勘定に入れなくても五年以上の付き合いか。
薫は病的ではないし、言葉数が少ないわけでもないが、影が薄い。
そんな印象がある。
無論、わたしがそう感じているだけかもしれないが……。
「で、何の用……」
とわたしが問う。
薫の服装はラフなパンツルック。
しかし足元に白い大きなキャリーバッグがある。
だから厭な予感が頭を掠める。
「あのさ、申し訳ないんだけど」
「泊めて欲しいわけね、違う……」
他に答がないように頭に浮かんだ考えをそのまま口に出す。
その言葉を自分の耳で聞くと確信に変わる。
「うん、申し訳ないけど、そう。お願いできるかな」
「まあ、上がって。狭いけどさ」
「ありがとう、月島さん」
「いいって、いいって」
翌日は日曜日だ。
だから会社は休み。
平日の夜の訪問だったら、わたしは断わり、追い返しただろうか。
ふと、思ってみる。
「キャリーバッグはとりあえず部屋の中に上げてくれる。見てわかる通り、玄関が一杯になるから」
「うん」
「そこに雑巾があるから、キャスターを拭いてね」
「わかったわ」
わたしが住んでいる部屋は玄関を入ると右手側に浴室、左手側にトイレがある。
つまり玄関が浴室とトイレに挟まれている。
だから三和土に一軒家のような広さがない。
玄関から浴室とトイレの壁(こちらの方が短い)に挟まれた一画に上がれば、そこが約五帖のダイニングキッチンでシンクは右手側だ。
その先が六帖の洋室でフローリング。
押入れは左手側。
その先がバルコニーで東向きだ。
朝日が差す二階。
「何か飲む……」
薫がキャスターの汚れを拭いたキャリーバッグをトイレ側の壁に立てかけ終えるとわたしが訊く。
「ありがとう。でも悪いから」
「今更、何だよ。酒でも付き合いな」
そういって冷蔵庫から缶ビールを二本出し、DKのテーブルの上に載せる。
「座ったら」
とキャリーバッグの近くに所在無く立ったままの薫に勧める。
「ホラ、わたしも座るからさ」
とシンクの側にわたしが座る。
薫用のパイプ椅子は対面だ。
「じゃあ、失礼して」
「殺風景な部屋だろ」
薫が座るとわたしが言う。
「本だけはあるけどね」
左の壁ほぼ一面が本棚だ。
「前に来たときに見せてもらったから。でも減ったのね」
「二駅先に気に入った古本屋を見つけて大分売った」
それで、かなり隙間がある。
「珍しい本が多かったのを覚えているわ」
そうでもないだろ、と思いつつ本棚に目を遣り、焦点が合ったのはエリザベス・ボウエンの『最後の夜・りんごの木』だ。
その横にはアンナ・カヴァンの『アサイラム・ピース』がある。
やれやれ。
始末できなかった本たちだ。
「薫、語っていいよ。あるいは語らなくてもいいけど」
「うん」
薫は首肯いただけだ。
仕方がないので、わたしが話す。
「本当は別の人のところに行きたかったけど、セキュリティーチェックに阻まれた。あるいは、ここにそれがないことを知っていたのでやって来た」
「二択なら後者ね」
「わたしは頼りにならないぞ」
「もうすでに十分頼りになってるわよ」
「恋人に追い出されたとか」
「ご想像にお任せするわ」
「自宅に帰れば」
「いずれはね」
「働いてないの」
「この間、辞めたの」
「優雅だね」
「そんなことないわよ」
「次の就職先は」
「決まってるけど、一月延ばしてもらったわ」
「病気かなんか」
「病気と言えば、そうかな」
「見たところ身体の方じゃなさそうだから精神か」
「言ってもいいけど驚くわよ」
「じゃ、聞かない」
「それなら、あたしも言わない」
「いつまでいる気」
「できれば、しばらくの間」
「しばらくか」
「ダメかな」
「三日以上いるなら金を払えよ」
「月島さんなら言うと思ったわ。じゃあ、一月弱、頼みます」
「いいけど、彼氏用の布団しかないわよ」
「ゲッ、月島さん、彼氏いたんだ」
「おい、そこで驚くなよ」
そうして、わたしたち二人の同居生活が始まる。
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