11 急死

 自分の気持ちが定まらないまま数日が過ぎ、身体の調子までおかしくなってしまう。あれ以来、尾瀬佳代子からの連絡はない。それも、わたしの気持ちを宙ぶらりんにしている要因だ。彼女は尾瀬とわたしのキューピッド役を諦めたのだろうか。それともまた別の方法を画策しているのだろうか。

 尾瀬佳代子から連絡が来なかった理由が明らかになるのは、その翌日だ。あろうことか尾瀬康裕本人がわたしの家の固定電話に連絡をし、突然の妻の死を告げたのだ。

「瑠衣子さん、佳代子が死んだよ。直接の原因は自動車に轢かれたことだが、それが事故なのか、覚悟の自殺なのかはわからない。それで、あなたにこんなことは頼めた義理ではないが、どうか通夜には来て欲しい。できれば葬式や告別式にも……」

 尾瀬はまず言うべきことをわたしに告げると尾瀬佳代子の通夜が行われる自宅の場所と葬式及び告別式が行われる寺と斎場の名及び所在地を事務的に告げる。

「ご愁傷様です」

 尾瀬の告げた住所と名称と所在地を慌ててメモし、わたしが尾瀬にそう応える。尾瀬に自分の携帯電話番号を告げ、そちらの方にかけ直してくれるようにと頼む。

「でも、どうして」

 数分経ち、二階の部屋に一人でいるわたしの許に尾瀬からの連絡が入ると、わたしは思わず尾瀬に尋ねてしまう。尋ねて答えが得られるわけもないが、わたしは尾瀬にそう尋ねずにはいられなかったのだ。

「わたしならともかく、佳代子さんが死ぬ理由がわかりません」

「瑠衣子さん、それはぼくだって同じだよ。……そうだな、少し前なら、ぼくへの当て擦りと考えたかもしれない。だが今では、そうも思えない。不幸な事故だったと考えるしかないだろう」

「ええ、おそらく」

 尾瀬は言い、わたしはそう答えたが、その直後、わたしには尾瀬佳代子がわたしと同じ解決策を見出したのではなかろうか、と勘ぐっている。いや、そうではない。その解決策はすでに尾瀬佳代子がわたしより先に見出していたのだ。そう思い至る。

 すなわち尾瀬佳代子が先刻、死を覚悟していたということだ。

 自分が尾瀬から最後に慈悲の愛を得るには、わたしの協力が必要だ。けれども自分がいては、わたしが尾瀬との愛を拒絶するだろうことが彼女には十分わかっている。だから、わたしと尾瀬を強引に引き合わせ、彼女の狙い通りにわたしたち二人が過去ではなく未来を夢見るところを目撃し、その最後の仕上げとして人生の幕を引いたのだろう。

「まあ、あれなら、そんなことを考え付くかもしれないが……」

 わたしが尾瀬にたった今思いついたばかりのことを述べると尾瀬がそんなふうに応える。

「だが、ぼくは偶然の事故説を採ることにするよ。この先あなたとどうなるかはわからんが、死ぬまで佳代子のことを思い続けよう。結局すべての原因は、ぼくの側にあるんだからな。そんな供養で佳代子が喜ぶならば簡単なことだ」

 続けて尾瀬はそう言ったが、尾瀬佳代子の生前、彼にはそれができなかったのだ。だから彼女は最後の策を打って出るしかなかったのだ。可哀想な尾瀬佳代子。彼女は死んではじめて和泉佳代子ではなく尾瀬佳代子になったのだ。天国にいるのか、それとも地獄でわたしを待っているのか知らないが、彼女はこんなわたしに哀れまれ、今頃いったいどんな気持ちでいるのだろう。

「今晩、お通夜に出かけます」

 と尾瀬との会話を打ち切り居間に戻ると、わたしは夫の悟史に告げる。

「誰か亡くなったのか」

「ええ、旧い友人が」

「この歳になると、そういった連絡が多くて気が重いな。気をつけて行ってらっしゃい」

「はい」

 だが次の瞬間、夫はわたしに対する興味をなくし、読みかけの雑誌記事に戻っている。

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