ハンティング
この環境で戦うこと。それはすなわち逃げ道はないことを了解して戦うことだ。360度どこを見渡しても隠れる場所はない。
「ユノ‥‥‥!どうする‥‥‥!?」
ユノは数秒間、目を見開いて二頭の怪鳥に呆気にとられていたがすぐに真剣な眼差しでバックからサブマシンガンを二丁取り出した。
「2人とも!耳塞いで!」
一瞬、ユノが何を言っているのかわからなかったが私とダンゾウは設置していた爆弾のことを思い出して両手で自らの耳を強く塞いだ。
その刹那、最初に舞い降りたチャモが罠に顔を突っ込んだところから凄まじい爆発音が鳴り響いた。
畑ということもあって辺り一面に砂煙を撒き散らして二頭を隠すほど深く包み込んだ。
「やったか?!」
ダンゾウが生死不明の二頭の姿を目を凝らして確認しようとする。
お前は何にもやってねーだろーが!
「これで一頭は即死か瀕死までもっていかれてるはずや。二頭目はピンピンしてるけどなぁ」
ハンターに人気のモンスターハンティング略してモンハンと呼ばれるゲームがある。自分たちが今やっているように対象の敵を討伐したり、材料などを採集して生活するゲームだ。
趣味で私もやっていたのだがそこにいるモンスターは爆弾程度の武器では体力の10分の1程度しか削れないのだ。
だがこの世界は違う。一撃でも攻撃を受ければ即死か致命傷までおいやられる。
グラフィックも臨場感もこの戦場に立てばゲームとは比べ物にならないくらい五感を刺激してくる。
そして実感する。味方や私がやれているのではないのに、相手がやられている姿を見るだけで理解する。
この世界は残酷で非情であると。
いちいちこんなことを考えて戦っていられない。
考えるべきことはただ1つーーーーー敵を殲滅すること。
「ダンゾウ!作戦通りに!」
砂煙が風に流され二頭の怪鳥の姿があらわになった。
どちらがC4爆弾を被爆したかは火を見るよりも明らかだ。小さい方のチャモの頭部から大量の血が流れている。嘴くちばしには亀裂が入っており、その割れ目からも出血しているのが確認できる。
ユノがサブマシンガンのレーザーサイトをオンにして傷ついたチャモに照準を定める。
「先にあっちを頼むわ!ユノはデカい方を足止めしとく!マナも魔術補助頼むわ!」
最初に動いたのはチャモの方だった。刺激を受けると攻撃性が増すのは情報通りだった。
無傷のチャモが低空飛行で3人に突撃してきた。
「避けて!」
距離を取っていたとはいえ、ユノ以外は大型モンスター討伐未経験。
足が動かなかった私とダンゾウをユノは左右の両サイドに押して自身は地面に伏せて緊急回避した。
ユノのすぐ上を怪鳥が通過していった。スレスレだ。
チャモはそのまま旋回し、3人の後ろに着地した。
「ダンゾウ!行って!早く!」
ユノは立ち上がった後、すぐに背後のチャモを目視する。敵を視界から離してはいけないのはハンターの初歩的な教訓だ。何時もノーマークは命取りとなる行為である。
ダンゾウは背中をユノに預けて負傷したチャモに向かって駆け出した。
「アクシリアリーマジック・アサルト!」
ダンゾウに攻撃力を補助魔術を発動させる。ユノに攻撃力を上げても遠距離の銃による攻撃だから意味がない。
防御力を上げる魔術にクエンという光の膜を身体中に張り、敵の物理攻撃を無効化させるものがあるが私には使えない‥‥‥張った膜が薄過ぎて敵の攻撃を貫通させてしまうからだ。
この歳の魔術を嗜む者ならば大抵使えるのに‥‥こればかりは練習し続けるしかない。
「アクシリアリーマジック・スピーダー!」
せめて攻撃を回避したりする反応速度を上げる魔術だけでも発動させる。今度は2人ともに。
ダンゾウがチャモに大剣を振りかぶり、斬りかかった。
負傷しているにもかかわらずチャモは軽快な足取りでバックステップし、すらりと剣撃をかわすのだった。
足は爆発から免れたようだ。傷一つ付いていない。
チャモは長く鋭い嘴をダンゾウ目掛けて突つつかせた。鎧を身につけている彼といえどもモンスターの動体視力にかかればその隙間を狙い突くことも容易のようだ。
ブスブスと嘴がアンダーシャツの中の肉体を啄ついばんでいく。
このままでは映画でよくある鎧の隙間から血が流れ遺体が発見されるという殺人事件のデフォが再現されてしまう。
だが、敵が攻撃している時こそ最大のチャンス。その隙をダンゾウは見逃さずに大剣を胴体にヒットさせる。
チャモが怯んだ瞬間にダンゾウの薙ぎ払いが飛んでくる。右翼にヒットする。
これでもうチャモは飛んで逃げることはできない。
後ろで銃声が絶え間なく響いている。十中八九ユノのサブマシンガンだろう。
傷ついているのなら回復魔術を発動してあげたいけどあれはゼロ距離じゃないと治せない。誰だって治療は戦闘終了後になる。
人数が多いパーティでは戦闘中も即座に足止めの間に回復できるが今は3人しかいないから無理だ。
それまでは我慢してもらわないといけない。
ユノは背中に背負ったずっしりと重そうなミリタリーバックを接近してきたチャモにぶつける。
「めっちゃ痛いやろ?30㎏あるからなぁ!」
30㎏!?それをずっと背負って戦っていたの!
だが私にはバックの重さなんかよりも驚くべきことがあった。
ユノは明らかにハンティングを楽しんでいた。
この命の駆け引きに楽しみを見出していた。
所謂、ハンターの職業病である。
いつか私もそうなるのだろうか‥‥殺しに快楽を覚えるなんて想像もつかない。
私はハンターだけど、殺すのが好きでなったワケじゃないから。
そのままぶつけたバックを投げとばし、身軽になったユノはチャモの頭部を狙ってサブマシンガンで発泡する。
みるみるうちにチャモの頭部や胴体に風穴が開いてゆく。血飛沫をあげながら。
これを世間ではリンチとかフルボッコとかいうのだろうか‥‥
疲れ果てたチャモは悲鳴をあげて両翼を広げ、この場から飛び立とうとする。
ユノはその風圧で少し怯んだが、くるくるバック転をしながら銃口を空にかざすのだった。
「逃すかぁ!」
スコープを使って右手で左翼、左手で右翼を撃ち抜いてチャモを墜落させる。
何の躊躇もなく、容赦なく。
「これで終しまいやな」
ポケットからハンドガンを取り出して弾切れになったらしいサブマシンガンを二丁、地面に投げ捨てた。
飛ぶことも立ち上がることもできないチャモにゆっくりと近づき、その頭部にハンドガンの銃口を向ける。
最期に弱々しく鳴いた怪鳥の脳天に2発撃ち込んで遂に一頭の討伐に成功した。
一方、ダンゾウは瀕死のチャモ相手に苦戦しているのだった。
「ダンゾウ!早くそんな死に損ない倒しなさいよー!」
「はぁ‥‥はぁ‥‥‥‥マナちゃん!こいつ素早くて攻撃がなかなか当たらない‥‥!」
大きく息を切らしながら苦し紛れに弱音を吐いた。
「もう!仕方ないわね!」
ヒーラーが前衛に出るのは少し危険だがこのままではダンゾウが危ない。
私の弱小魔術が奴に通用するかどうかはわからないがやってみるしかない!
私は魔術の効果範囲ギリギリまでチャモに近づいて杖を前に構える。
「クーロン!」
クーロンとはかけた対象の全身に静電気を纏わせるという地味な魔術である。なぜ私が習得しているのかと言えばイタズラでよく使っていたからである。
ダンゾウの鎧に静電気を帯びさせて敵の嘴攻撃が来れば間違いなくバチッ!と くるはずだ。
確か静電気って触れた表面積が狭い方が電気出しやすいんじゃなかったっけ‥‥‥?だから指先によくバチッとするのであって。。
そして案の定つつく攻撃を繰り出してきたチャモの嘴は銀色に輝くダンゾウの鎧に命中するのであった。
「今よ!」
静電気にしては大きめの音を立ててほんの一瞬だけ嘴の先っちょに衝撃が走った。
「うおおおおおおぉ!!」
その一瞬の隙をつくーーーーーーーーーーーー
ダンゾウの渾身の縦切りが、大剣が瀕死のチャモの頭蓋骨をめりめりと粉砕した。
「やった‥‥‥‥‥やったぜ!このニワトリ野郎が!ザマアミロ!」
大剣が頭部にめり込んだままだったが、ダンゾウが初めての大型モンスターの討伐成功に両手を広げ歓喜の声をあげる。
「お疲れさん〜」
転がっていたバックを回収したユノも合流して私は回復魔術を唱えダンゾウの傷を癒す。ユノは無傷だった。
「終わった後はこのマーカーを死体に付けて回収屋に回収してもらえるようにしなアカンで。今回は二頭狩ったから報酬もあがってるんちゃうかな?」
ユノが赤く点滅している球状のマーカーを一つずつチャモの身体に付ける。
ハンターとは汚い仕事だと思っていた私も終わった後の安心感と清々しさに心が少しばかり浄化されていた。
今は気分がいい。
帰ろう。レオトの待つペルーへと。
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