「強襲は、光を食らう」

 夜は更けていくも、宴はまだ続いていた。

 轟々と燃え上がっていた炎は弱まり、ゆらりと揺らめいていた。

「……そろそろ焚き火、消えてしまいますね。追加の薪を取ってこなくてはいけません」

 ドロシーはそう言って、鎧を鳴らして立ち上がる。

「おう、なら俺は反対の方向から取ってくるかねぇ」

 ドロシーの姿を見ておっちゃんはふらりと立ち上がると、背を向けて歩き出す。

「では私も、行ってきますね」

 そう言ってこちらに笑いかけてくるドロシー。

 そしておっちゃんとは逆に進み、真っ暗な森の中へと消えていった。

 ルーキと二人きり、焚き火の炎を眺める。

「松明すら持って行ってないけど、この闇で見えるのかね?」

 俺がぼそりと呟くと、ルーキは肩を竦める。

「我も元の姿でなら、この程度は余裕だ。元の姿……なら」

 ルーキは横目に闇を眺めながら、ぼんやりと呟く。

 その瞳にはどこか、不満の色が窺えた。

「とはいえ、少しでも力が残ったことを喜ぶべきか……」

 ルーキは腕を横に伸ばし、その先に炎を灯す。

 その炎は焚き火と違い、紅く煌々と輝いていた。

 そうしていると、物凄い速度でバルレイが近寄ってくる。

「むっ……なんだ?」

 ルーキは腕の炎を掻き消しながら、バルレイの顔をまじまじと見る。

「ん……いやなぁ、お前ら、まだ戦い慣れてないようだが、よく二匹も討伐できたなと思ってな」

 バルレイは頬を掻いて、手に持っていた肉を少しかじる。

 それを聞いてルーキは、火の中に手を突っ込んで、肉を取り上げた。

「我は単純に、命技のお陰で経験不足を補ってる。正也の方は元がからっきし駄目だが、おっちゃんの特訓で戦える程度にはなった。まあ、元々センスはあるようだな」

 そう言って軽く笑いながら、肉を少し口に含む。

「なるほど、才能ってやつかぁ……羨ましいばかりだよ」

 バルレイはそう呟いて、納得したかのように頷くと、ガツガツと肉を噛み千切っていく。

 そして軽く咀嚼するとすぐに飲み込んで、ふっとため息を吐く。

「……そういやルーキちゃんは、どうして自分のことを我って言うんだ? それに、あまり女の子らしいところは見せないし」

 バルレイはぱっと表情を明るくして、目を丸くして尋ねてくる。

 するとルーキは首を傾げると、少し唸った。

「この一人称は、昔からの慣れだから、何とも言えんな。それに、この性格も昔からだ」

 そう思い出すかのように言って、肉を骨から綺麗に噛み切っていく。

 もちゃもちゃと頬張って、満足げな顔を見せる。

「しかしほんと、堅苦しい口調で、まだ若いとは思えんよなぁ……実際に昔から生きてたような」

「んんっ!?」

 バルレイの何気ない言葉に、ルーキは喉を詰まらせる。

「おいおい、大丈夫かよ!?」

 俺はそう呼び掛けながら、背中をトントンと叩いてやる。

 そして五回目辺りで力みながらに飲み込むと、安心したようにため息を吐く。

「その反応、案外的を射てたかい?」

 バルレイはふふんと、不敵な笑みを浮かべる。

 その言葉に、俺はゾクリと悪寒を走らせていた。

「ふふっ……あまりにも突飛な話すぎて、思わず吹き出してしまっただけだ。それに能力だけなら、ドロシーの例もあるだろう?」

 ルーキは口を手で拭いながら、呆れたようなような口調で言った。

 するとバルレイは目を細め、口を尖らせながら言う。

「なら、余計に羨ましい。俺もそろそろ、命技が欲しいもんだ……」

 そう呟き、ゆっくりと剣を引き抜くと、軽く一振りする。

 風を切る音が響き、頬を風が撫でる。

 それに合わせて、炎はゆらゆらと揺らめき、そしてフッと掻き消えた。

 周囲は少し遠くの焚き火の明かりで、ぼんやりと照らされるのみとなった。

「なっ……おいバルレイ、火が消えてしまったではないか! 我の最後の肉がぁ!」

 ルーキはそう言って、バルレイの胸倉を掴む。

「俺じゃねえよ! 流石にそんな勢いよく振ってねえっての!」

 バルレイは真っ向から言い返し、剣を鞘に納め、ルーキの腕を引き剥がそうとする。

「とにかくルーキ、紅蓮火焔で明かりを確保しろ」

 揉めている二人に割り込むように、呆れた俺はそう言った。

「……ああ、了解した」

 ルーキは少し不満そうに言って、着火音とともに紅蓮火炎を起こす。

 俺達の周りを、紅蓮火焔の暖かな光が包み込んだ。

「ふぅ……まあ元々弱まっていたところに風が起こりゃあ、消えもするか。とりあえず、もう一度着火できるか確認してくれ」

 俺がそう言うと、ルーキはこくりと頷いて立ち上がる。

「まったく、急に明かりが消えるというのは、想定以上に驚いてしまうものなのだな」

 ルーキはそう言って、前かがみになり、薪に紅蓮火焔を近付けていく。

 だが炎が薪に乗り移る寸前で身体をびくりと跳ねさせ、手を止めてしまう。

「うん、どうした?」

 俺がそう呼び掛けようとした時、薪の下の地面から、じわりと水が湧き出してくる。

 それは水色の膨らみを作ると、薪を撥ね上げながら間欠泉のように吹き上がった。

「こいつは、スライム……!」

 ルーキは広場全体に響く声で叫び、後ろへ跳び下がる。

 俺とバルレイも何が起こっているのかを理解すると、距離を置くために二、三歩後退した。

 しかしスライムの柱から、枝分かれするように触手が生えてきた。

 その触手はルーキへと、勢いよく伸びていく。

「くっ……!」

 ルーキは燃え盛る腕で触手を受け止め、踵を地面に食い込ませながら踏ん張る。

 そしてぐっと力を込めて、その触手を横へと振り払った。

「グモオォ……」

 スライムの柱は巨大な身体を震わせながら、威圧感を放つ球体へと変化していく。

 そして地面へ垂れ下がった触手を引き戻し、ぐぐぐと身体を捻らせていく。

 濁った赤の核と、白くぎょろりと回る瞳が、青い身体に浮かんでいた。

 冒険者たちはその状況に焦りながらも、それぞれの得物を持って立ち上がる。

「あれだけでかい核なら、狙いやすくていい! かかるぞお前ら!」

 冒険者の中の一人が声をあげ、同時に四人組が雄叫びをあげて飛び出す。

 一番先頭にいた男が剣を振るい、スライムの身体を切り裂いていくが、その斬撃は徐々に弱まっていく。

 それどころか、盛り上がったスライムの身体が剣を包み込むように捕らえてしまう。

「グオオオ……!!」

 スライムは唸り、一本の太い触手を天高く伸ばす。

 そして捻らせていた身体を元に戻し、勢いをつけて触手を振り下ろす。

 それは剣を捕らわれた男を打ち、四人組を一気に薙ぎ払っていく。

 男達はうっと鈍い声を漏らして、地面を転がり、木にぶち当たって止まる。

 だがスライムの回転は止まらず、そのまま先に居る集団を巻き込んでいく。

 剣や腕で食い止めようとする者もいたが、粘度の強く、重い一撃にが敵わず、転がり倒れていった。

 進撃を止めない触手は、次にスティルとヒューズを狙う。

「ん……止まれッ!」

 スティルは引き下げた腕をグンと突き出して、触手のど真ん中にぶち当てる。

 表面を波打たせ、触手の勢いは弱まる。

「ライトニング!」

 スティルが腕を引くのに合わせて、ヒューズは手のひらに輝く雷の玉を作り出し、撃ち出す。

 触手へと吸い寄せられていった雷の玉は、当たった瞬間に眩い光を放ち、バチンと鋭い音を立てる。

 焦げ臭い香りが、鼻を突く。

 真っ白な光が止むと、触手はバチバチと電気を弾けさせながら止まっていた。

「グ……ガァ……」

 スライムは唸りながら、触手をゆっくりと戻していく。

「今のうちに……叩き込む!」

「援護しますよ! ライトニング!」

 スティルがスライムへと飛び出し、ヒューズは手のひらをスライムへ向ける。

 するとヒューズの手のひらからは、二、三個と雷の玉が放たれる。

「おい、待て!」

 バルレイは二人を制止しようと叫ぶも、その声は届かなかった。

 雷の玉はスティルの頭上を越えると、スライムへと降り注ぎ、閃光と雷鳴を起こす。

「グギィィ!!」

 雷鳴に劣らぬスライムの金切り声が辺りに響く。

 閃光が開けると、スティルはスライムの懐に入り、既に拳を構えていた。

「ナックル……バンカー!」

 そう呟いて、引いていた腕を一気に突き出す。

 ドプンとくぐもった音と共に、スライムの中心が窪み、一直線の穴が貫く。

 そのぽっかりと空いた穴からは、真っ赤な核が覗いていた。

「今だッ……!」

「了解です、ライ……」

 ヒューズがもう一度ライトニングを放とうとした時、地響きが起きる。

 そしてヒューズの目の前の地面から、急に触手が飛び出してきた。

 触手は突き出る勢いのままに、ヒューズの腹を捉えて、重い衝撃を与える。

 その異常事態にスティルは目を見開き、後ろへと振り向く。

「なっ、ヒューズ!?」

 スティルは叫ぶが、ヒューズの応えは返ってこず、ゆっくりと倒れていくのみだった。

 そんな間にも、スライムはブルンと不気味に震えながら、身体の穴を閉じていく。

「おいスティル、後ろだッ!」

 バルレイの声に、スティルはパッと振り向くが、そこには完全に再生したスライムが居た。

「ブギイィィ……!」

 スライムはビョンと少し跳ねて、身体を倒してスティルへとのしかかっていく。

「あ……」

 不意の一撃に反応できなかったスティルは、そのままスライムの下敷きになってしまう。

 ズンと重い地響きが鳴り、スライムは身を震えさせる。

「そんな、あの二人が負けるなんて……」

 バルレイは膝を突き、呆気に取られてスライムを見る。

 その表情は、現実を理解したくないような、深い絶望に満ちていた。

 そんな俺達の方を、スライムは身体を捻らせ見て、ニタリと笑う。

「フギイィィ……!」

 ねっとりとした醜悪な笑みに、背筋には悪寒が走り、恐怖で怯み上がりそうになる。

 こいつは今までやってきたスライムとは明らかに違う、そう理解できた。

 するとルーキが俺の背中をポンと叩き、一歩前に出る。

「大丈夫だ。腹ごしらえはした。後は正真正銘のリベンジをするまで。こちらも強くなっているんだ、多少のハンデを与えるぐらいはよかろう?」

 ルーキは軽く笑って、ぐっと曲げた両腕に紅蓮火焔を灯す。

 その表情に、いつもの安心感を覚え、息を吸いながらナイフを引き抜いた。

「……そうだな、それならばっちり決めないとな。まあ、まだ倒すビジョンが思い浮かばないが」

 俺はため息を吐いて、スライムの身体を眺める。

 今まで戦ってきたスライムを、そのまま大きくしたような姿。

 同じく大きくなった赤い核が、身体の中に浮いていた。

「サイズからして、我の腕では届かんな。おいバルレイ、立て」

 ルーキは細めた目でバルレイを見て、つま先でその背中を小突く。

 だが、バルレイは一向に起き上がらないどころか、反応すら示さない。

「くっ、ただでさえスティルが下敷きになっているというのに、大の大人が使えないとなると……ごり押すしかないのか?」

 ルーキは舌打ちを鳴らし、珍しく諦めのような言葉を吐いた。

 そしてぐっと手のひらを握った、そのとき――

「しゃがんでください!」

 後ろから鋭く声が響く。

 俺とルーキが振り返ると、そこにはこちらへと向かって来る、太い光の帯があった。

「あぶねぇっ!?」

 俺はルーキの頭を押さえ込み、ぐっとしゃがみ込む。

 すると光の帯は俺達の頭上をスレスレで通り過ぎて、スライムの上部へとぶち当たる。

 ジジジと焦げるような音を立て、光の帯は輝きを散らす。

「ビギイィィ!?」

 光はスライムの身体を削り取るように蒸発させて、そのまま細くなって消えていった。

 まさに一刀両断と言っていい、平らな断面。

 スライムはそのまま、ゆっくりと倒れていった。

「よし、今だっ!」

 すると今度は、横にある木々の間から声が聞こえてかと思うと、森を突き抜けて影が現れる。

 その影――おっちゃんは、凄い勢いでスライムに近付き、上半身を出していたスティルを掴んでかっさらった。

 そして広場を駆け抜けると、木陰にスティルを寝かせた。

「ふう……何とか無事みたいだな。スライムののしかかりとはいえ、あのサイズだと長時間は危険だっただろう」

 おっちゃんはそう言いながら、俺達の方へと駆け寄ってくる。

「すまないな、小便してたら遅れちまった……」

 苦笑いを浮かべるおっちゃんに続き、ドロシーも側へと寄ってくる。

「こちらも、遠くまで良い枝を探しに行ってたために、遅れてしまいました。すいません……」

 ドロシーはそう言って、ペコリと頭を下げた。

「いや、謝ったところで仕方がない。そんなことより奴を倒さなくては」

 ルーキは軽く首を振って言い、スライムを指差す。

 スライムはぬるりと起き上がると、平らな面を持ち上げるように、丸く戻っていく。

 一回り小さくなったスライムは、目を赤く血走らせてこちらを見てくる。

 その瞬間に空気は張り詰め、戦いの幕は開く。

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