「勝利の後の晩餐は、滴る楽しみ」

 森の中を歩いていると、開けた場所に出る。

 地面には所々に、木が根元から抜かれたと思われる窪みがあった。

「ここが、猪に食い荒らされた場所ですかね……」

 先頭のドロシーは、小脇に抱えた薪を地面へと置く。

「そのようだな。それもこの規模となると、ここを住み処にしていたのか」

 おっちゃんは周囲を見渡しながら、顎を掻いて呟く。

「これだけ広けりゃ、各々で勝手に食べれそうだなー」

 バルレイは笑いながら、広場の先へと進んでいく。

 その後を、ヒューズとスティルが、安心したような顔でついて行く。

 他の冒険者も同じように、広場を進む。

「よし、じゃあ火を付けるぞ」

 ルーキは指先に火を起こして、薪へと押し付ける。

 薪は徐々にぼんやりと赤く染まりながら、パチパチと音を立てて燃え上がっていく。

「ルーキ、その調子で他にも火を付けていってくれ」

 おっちゃんがそう言うと、ルーキはこくりと頷いて、別グループの方へと駆けていく。

 それを確認して、おっちゃんはその場に座り込む。

「今回は、中々多く獲れたな」

 おっちゃんはそう言いながら、担いでいた猪を、胡座を組んだ上に置く。

「普段は中々獲るとこができないですからね」

 ドロシーはしゃがみながら、おっちゃんの担いでいた猪の一匹を、膝の上に置いた。

「うん? どうして中々獲れないんだ? こんなにたくさん獲れてるのにさ」

 俺がしゃがみ込みながらそう言うと、おっちゃんは相槌を打ってから口を開く。

「そういや正也は、この国で育ったわけではないから、知らないのか。この国ではな、基本的に野生動物を狩ってはいけない決まりになってるんだ。狩っていいのは自然が著しく破壊されるとき、数が一定を超えた時、そして魔物に成り果てちまった時だ」

 おっちゃんは淡々と説明しながら、腰に下げていた大きめのナイフを抜く。

 そして猪の身体へと、ナイフを突き立てた。

 ぷっくりと血が浮かび、水滴を作り上げていく。

「そういや、魔物と動物の違いって何なんだ?」

 俺がそう聞くと、おっちゃんはがくりと肩を落とす。

「おいおい、どんだけ辺鄙なところから来たんだよ……魔物がいなかったのか、はたまたその区別をしていなかったのか。まあ魔物ってのは、その身に多い魔力を宿したものだな。大体の生物が、多少は魔力を持ってるが、その最大値を超えたならば、確定で魔物扱いだな」

 おっちゃんは説明をしながら、猪の身体を捌いていく。

 慣れた手付きで刃を通してゆき、みるみるうちにパーツを分ける。

 そして持ってきていた皿の上へと、積み上げていった。

「なるほどな。じゃあ人間にも、魔物になるやつはいるのか?」

 俺がそう頷きながら続けて聞くと、おっちゃんの手はぴたりと止まる。

 目付きを鋭くして、ゆっくりと口を開く。

「……ああ、その場合には英雄として称えられるか、敵として迫害されるかだな」

 冷たく低い声で吐き捨てるように言って、再び猪を捌き始める。

 その滲み出る覇気に気圧されて、俺はそれ以上口を聞くのはやめた。

 その時、首もとに勢いの乗った衝撃が走る。

「どうだ、美味しくできそうか!?」

 振り返ると、ルーキが俺の首に腕を回しながら、目を輝かせていた。

 そして巻いた腕をすっと解きながら、俺の横へとしゃがみこんだ。

「おう、久々だが、上手く捌けたぞっ、ほら!」

 おっちゃんは猪の足を置いた皿を掴んで、ルーキの方へと差し出した。

 するとルーキは、希望に満ちた笑顔で、勢いよく皿を受け取った。

「わぁ……それじゃあ早速……」

 ルーキは足の先に掴みかかると、ゆっくりと口へ運ぼうとする。

「おい待て、まだ焼いてない!」

 おっちゃんが制止しようとすると、ルーキは頷きながら口元から離す。

 そして口を尖らせながら、炎の中へと腕を突っ込んだ。

「なるほどな。焼き魚は結構食べているが、焼いた肉は食べたことがない」

 そう言って骨を地面へ差して、足を立てて、炎から腕を抜き取った。

「ルーキさんの能力は不思議ですね。手から炎を出したり、炎に触れても平然としていたり……」

 その言葉に、俺は思わずドキッとさせられる。

 ルーキのことだ、自分は紅蓮竜王だから当たり前……とでも言いかねない。

 そう思いながら、警戒に身を張り詰めさせてルーキを見る。

「……そうだな、水竜結晶のお陰で解放された命技だが、ここまで融通がきくとは。基本的に炎に触れても無事だし、触れた炎も操ることができる。まあそれならば、お前の命技も不思議なものだぞ。ただの人間でそこまでの魔力を行使できるのは、そうそうあるものではない」

 ルーキはうっすらと笑いながら、炎の中の肉を見つめていた。

「そうですね。確かに生半可な人間……いえ、鍛えた人間であっても、普通には達し得ない領域でしょうね」

 苦笑いとともに、ドロシーはため息を一つ溢した。

「まあだからこそ、次の英雄とまで言われるようになったんだ。誇るべきだと思うぞ」

 おっちゃんは猪の足をもう一本切り取って、焚き火へとくべる。

「英雄という名は、いわば象徴。人々を導く代表たるものだ。その候補に選ばれるというのが、どれ程のことかわかるだろう?」

 ルーキはどこか讃えるかのように言って、皿に乗った生肉を掴み、愛おしそうに眺める。

 そしてドロシーに、自信に満ちた笑みを向けた。

 だがドロシーは、それでも受け入れられないような顔をして、目を伏せる。

「……この前まで、まともに戦ったことがない、俺が言うのもなんだが、ドロシーはとてつもなく強い。素人目で見ても、今日来てる中で一番なんじゃないか?」

 俺がそう言うと、ドロシーは顔を上げて少し止まったかと思うと、ゆっくりと頷いた。

「そう、ですかね……」

 折れたように答えて、憂いを帯びた瞳を細める。

「まあ、そう思い詰めすぎることもないだろ。とにかく、女の子なんだからさ、無茶だけはしないようにしろよ」

 俺の言葉に、ドロシーは驚いたように目を見開く。

「……ありがとうございます。無理はしない程度に、頑張ります!」

 ドロシーは少し明るくなった声で、微笑んで返してくる。

 その綻んだ頬は、俺を安心させてくれた。

「おいルーキ、そろそろ良い具合いに焼けてると思うぞ」

 そこでおっちゃんは炎の中を指し示し、そう言った。

 するとルーキは、勢いよく炎の中へと手を突っ込む。

 そして炎を揺らして、肉を取り出した。

 表面はこんがりと茶色く焼けて、炎に照らされて美味しそうに輝く肉汁を滴らせていた。

「今度こそ、いっただっきまー……」

「もう少し待て」

 嬉しそうに口を開くルーキだったが、おっちゃんはすんでのところで止める。

 再び肩すかしを食らったルーキは、待ちきれない様子で唸っていた。

「今日はこっそり、こういうのを持って来ちゃったんだよなー」

 おっちゃんは不敵な笑みを浮かべて、すっと小瓶を取り出した。

 布の蓋を取り外すと、その中には白と黒の混ざった粉末が入っていた。

「これは……! 胡椒じゃないですか!?」

 ドロシーは驚いて声をあげる。

 それを嬉しそうに聞きながら、おっちゃんは小瓶に手を入れる。

 そして胡椒を摘まんで、ルーキの持っていた肉へとサッと振りかける。

「さあ食べろ、スライムの引き締めた肉に、うち秘蔵の胡椒だ。美味いぞー!」

 おっちゃんがそう言うと、ルーキは目を輝かせる。

「今度こそ今度こそ、いっただっきまーすっ!」

 ルーキは勢いよく、肉へとかぶりつく。

 もちゃもちゃと唇を動かし、ぐっと噛みちぎった。

 そして口の中で楽しむように転がすと、ゆっくりと飲み込んだ。

「……予想通りに美味い! こんなものが食べられるとは、幸せだな」

 ルーキは心から喜ぶように言って、文字通りに噛み締めていく。

 肉汁が弾けて、キラキラと輝く。

「俺の分もくれよっ!」

 そう催促すると、ドロシーがくべてあった肉を掴んで、こちらへと差し出してくる。

「はいっ、私の狩った分ですが、どうぞ」

 ドロシーに押されるがまま、それを受け取る。

 するとドロシーはにっこりと笑って、小瓶へと指を入れる。

 そして軽やかに、俺の持つ肉へと振り掛けていく。

「んじゃあ、いただきますっ」

 俺はルーキと同じように、豪快に肉へと食らい付く。

 瞬間、舌先へと濃厚な肉汁が垂れてくる。

 その旨みに蕩けそうになっていると、ツンとした辛さが引き締めてくる。

 やはり、肉は変わらず美味い。

 それは世界が変わっても、同じ真理のようだ。

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