「緊急の依頼はリベンジの香り」

 バリバリと芋けんぴを噛み砕き、次々に口へと運ぶルーキ。

 俺はその姿を、呆れながらに見ていた。

「あら、中々に美味しそう」

 洗濯物から帰ってきたおばちゃんが背後に現れて、芋けんぴを摘まんで口へ入れる。

 そして頷きながら咀嚼して飲み込み、口を開いた。

「うん、とっても美味しいわね! これならルーキちゃんが夢中になるのも納得……」

 おばちゃんは延々とむさぼるルーキを見下ろし、言葉を止める。

 そこから一息置いて、再び話し始める。

「ねぇルーキちゃん、流石にちょっと食べすぎじゃない……?」

 おばちゃんがそう言うと、ルーキは手を止めて、目線を上げる。

「といっても、食べないわけにはいかない。美味すぎるからな」

 ルーキはそう言って、再び芋けんぴへと手を伸ばす。

 みるみる減っていく、皿の上の芋けんぴ。

 そこで俺は、そこにある分で全てなのを思い出す。

 おっちゃんの分が残ってないとなると、恐らく俺がまた作らされる羽目になるだろう。

 そうなると、またルーキに一々文句を言われることになる。

「なあルーキ、おっちゃんの分も残しとかないといけないし。それに芋けんぴならいつでも作ってやるから……」

 俺が覚悟を決めてそう切り出すと、ルーキは丸い目で俺の顔を見詰めてくる。

 何もわかってないような、丸く深い赤色の瞳に、俺は息を飲む。

 するとルーキは無邪気な笑みを顔に浮かべる。

「まあ、それもそうだな! それでは最後の一口を……」

 ルーキは納得したようにそう言って、芋けんぴをがっしりと掴み取る。

「おいッ!?」

 実際にわかっていなかったルーキに、俺は思わず突っ込みを入れる。

 するとそのタイミングで、食堂の入り口に人影が現れる。

「随分と元気な声だなぁ……それに良い香りもするし」

 おっちゃんはそう言って食堂へと入り、椅子へと座る。

 その後ろから、金色に光る影が入ってくる。

 金色の鎧をガチャガチャと鳴らし、同じく金の髪のポニーテールが揺れる。

 ドロシーはこちらへと向いて、ニコリと笑った。

「お邪魔しますね」

 そう礼儀正しく挨拶すると、おばちゃんはハッとして、壁際に置いてあった椅子を取る。

「あらいらっしゃい! どうぞ座って!」

 おばちゃんはパタパタとドロシーの前に行き、椅子を机の側へと置く。

「それでは失礼します……」

 ドロシーは一言言ってから、その椅子へと座る。

 大きめに作られた椅子は、鎧へぴったりとフィットし、ドロシーをしっかりと受け止めた。

「さっきコソドロを、兵の詰所まで届けていた時にたまたま会ってな。どうやら話したいことがあるらしいんでな。ほら、ドロシーも食べな」

 おっちゃんはそう言って芋けんぴを一本摘み、皿をドロシーの方へと押す。

「ありがとうございます」

 ドロシーはペコリとお辞儀をして、芋けんぴを数本口へと運んだ。

 そしてゆっくりと噛み締めて、厳かに飲み込んだ。

「……とても美味しいです! それでは本題に入りますね」

 俺がその答えに安心したのも束の間、食堂の空気はずんと重くなる。

「……数日前に、私がスライム退治に出ていたのは、ここに居る全員が知っていると思います」

 ドロシーはそう確認しながら、俺へと目線を向けてくる。

「ああ、あの夜に助けてもらった時か。その時はお世話になったな」

 俺が礼を言うと、ドロシーは笑いながら首を横に振る。

「いえいえ、あのぐらいお安いご用です! それで、その時に退治したスライムなんですが、どうやらまだ潜伏していて、群れを作っているようなんです」

 ドロシーが低い声で説明すると、おっちゃんは不思議そうに顔をしかめる。

「スライムが群れていた程度ならば、わざわざ言いに来る必要は無いんじゃないか? 例え個体数が多かったとしても、騎士団が本部から派遣されるもんじゃないのか?」

 おっちゃんはそれだけ言って、芋けんぴを食べ進めていく。

 するとドロシーは顔を伏せて、ため息を吐く。

「確かに、ただ群れているだけならば、それでも良かったんです。ですがスライム達は猪を取り込んで、森の植物を凄まじい勢いで食い荒らしているようなんですよ……なので今日の夜出発予定で、急遽このグラスティアで冒険者を集めることになったんです」

 ドロシーにそう言われて、おっちゃんは芋けんぴを食べる手を止めて、納得したように頷く。

「なるほどな。俺は行っても構わないが、お前達はどうする?」

 おっちゃんは俺とルーキに向かい、首を傾げて尋ねてくる。

 するとルーキは机をバンと叩いて、勢いよく机に身を乗り出す。

「紅蓮火焔はこのために、あの夜の雪辱を晴らすためだ! もちろん行かせてもらう!」

 ルーキはそう叫んで、拳を上へと突き出した。

 その瞬間に腕は炎に包まれ、真っ赤に燃え上がる。

 それを見たドロシーは目を丸くし、口をあんぐりと開けた。

 そしておばちゃんはため息を吐いて、ルーキの背中をつつく。

「ルーキちゃん、意気込むのはいいんだけれど、家の中で紅蓮火焔を使うのだけはやめて! 火事になっちゃうから!」

 おばちゃんの必死の言葉に、ルーキはつんと口を尖らせる。

「まあ、それもそうだな……」

 そう丸い声で言って、手のひらを握って炎を止める。

「さて、正也は行くのか? 大勢の前で力を示すチャンスだぞ?」

 ルーキはそう続けて、ドサッと椅子へと座り込み、芋けんぴを口へと放った。

 そこで俺は目を細めて、少しだけ考える。

 前回は偶然と言っていい程度での撃破だったスライム。

 今の俺はあの時より成長してるとしても、対抗できるのだろうか?

 だがやってみなくてはわからない、目をしっかりと開いて、頷き返した。

「ああ、行こう。おっちゃんに特訓してもらった力を、早速発揮することになるな!」

 俺がきっぱりと言うと、ドロシーはゆっくりと相槌を打った。

「わかりました。それでは夕方の六時に、広場で集合です!」

 ドロシーはそう言って立ち上がり、ペコリとお辞儀をする。

「では私はこれで、失礼しますね!」

 そう一言言って、食堂からスタスタと出ていったドロシー。

 それと同時に、おっちゃんとおばちゃんはため息を吐く。

「それじゃあお昼ご飯、食べよっか。色々と準備しなきゃいけないし、夜の為にゆっくりと休まないとね!」

 声を弾ませるおばちゃんに、ルーキは目を輝かせる。

「今日の昼食は何なのだ!?」

 ルーキがそう聞くと、おばちゃんはウインクをする。

「そうねぇ、今日はたっぷり買ったさつま芋を使うわ!」

 そう言われて顔をしかめる、俺とおっちゃん。

 正直言ってその内容は、芋けんぴを食べた後には辛い。

 だが一方のルーキは、にっこりと笑っていた。

 それはまさに大満足といった様子だった。

 先程たっぷりと食べていたのに、さらに喜んで食べるのか。

 俺はそれを見ながら呆れることしかできなかった。

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