「ロリは目的達成しても、満足だけはしないらしい」

 俺がおっちゃんに一撃すらも与えられないまま、三時間程が経過した。

 おっちゃんはまだまだ元気なようで、俺の枝を上手く捌いている。

 だが俺の方も不思議なことに、まだ余力は十分に残っていた。

 そしてまたおっちゃんは、俺の持つ枝を弾く。

 十数回目の空中を舞う枝に、俺の目は慣れ始めていた。

 俺は反射的に、一歩後ろへ引き下がった。

 ちらりと上を見て、枝の位置を確認すると、すぐに顔を戻す。

 引き下げた足をバネにして、前へと加速する。

 一歩踏み込んだ勢いを使い、真上へと飛び上がった。

 腕をぐるりと回して上に振り上げると、手には確かな感覚が伝わってくる。

 それをしっかりと握り締め、落下する身体に任せて、枝を一気に振り下ろした。

「そんなのありかよっ!?」

 おっちゃんは驚いた顔のまま、枝を額の前で構え、受け身の姿勢を取る。

 二本の枝はぶつかり合い、バキリと激しい音と共にその抵抗を失う。

 押し負けたのはおっちゃんの枝で、真っ二つにへし折れていた。

 そして支えるものを失った俺の枝は、一直線に降下していく。

 バシンと炸裂音を響かせて、おっちゃんの額へ、確実に当た――らなかった。

「はい、勝負ありね!」

 優しい声が横から聞こえてきたかと思うと、枝に手が掛けられて止まる。

 そしてひょいっと掬い上げられて、俺の手から離れた。

 取られた枝の方を見ると、おばちゃんが笑顔で立っていた。

「正也君、クレアの依頼を突破したってことは、そこそこ強いとは理解してたんだけど、まさか力押しで枝をへし折って勝つなんてね。それによく宙を舞う枝を掴んで、そのまま振り下ろそうと思えたものねぇ……」

 おばちゃんはそう呟きながら、枝を手の上でひょいひょいと投げる。

「いや、おっちゃんの特訓があってこそだしな……」

 俺が否定してそう言うと、ぴたりと固まっていたおっちゃんが急に笑い出す。

「いやいや、俺は正也の眠っていた力を引き出しただけだしな! ここまでの短時間で、戦い方を身体で覚えられたってのはそういうことだ!」

 そう言いながら、大きい手を俺の頭に乗せ、少し乱暴に撫でる。

 するとおばちゃんはやれやれといった様子で、肩をすくめていた。

「まったく、いつもサイガは引き立て役に回ろうとするわねぇ……」

 呆れたような口調でそう言うと、おっちゃんは顔を少し歪めて、絞り出すように笑った。

 俺がそんなおっちゃんに違和感を覚えていると、背中に何かめり込むような感覚が伝わる。

「正也がまともに戦えるようになったということは、我の戦いも大分楽になるということだな!」

 大きな袋を両手に持ったルーキは、俺の背中に膝蹴りを食い込ませながら、気持ちよさげに笑う。

 その姿は朝とは違い、真っ白なワンピースに身を包んでいた。

「おう、衣替えしたのか! 中々に似合ってるじゃないか」

 俺がそう言うと、ルーキはにっこりと目を細める。

「それなら良かった! おばちゃんに見立ててもらったのはいいが、我には少し可愛らしすぎるのではないかと、心配だったのだ」

 ルーキは少し頬を染めながら、スカートをひらりとひらめかせる。

「そりゃそうよ。これでも一児の母だったんだから、ファッションについては大丈夫よ。まあ今はそれよりも、コソドロを何とかしないとねぇ……」

 おばちゃんはそう言って、手の平を横にぱっと向ける。

 その向く先には俺達の置いた荷物と、それに手を掛けようとする男が居た。

 おばちゃんの言葉に反応した男は、びくりと跳ねてこちらを見る。

「焼き払え、フレイム」

 おばちゃんがそう呟くと、手の平が赤く光り、真っ直ぐに鋭い炎が吹き出す。

 その炎は荷物の上をかすり、男の顔へと、素早く伸びていく。

「うわぁっ!?」

 男は声をあげながら、バランスを崩すと、後ろへと倒れていく。

 炎は男の鼻先ギリギリをすり抜け、消えていった。

「ルーキちゃん、よろしく!」

「……まかせろ!」

 おばちゃんが呼び掛けると、ルーキは自信満々返事を返して、荷物をさっと地面へ置く。

 そして爪先で地面を掻き、助走も無しに一気に加速する。

 一瞬で間合いを詰めて、倒れている男の寸前で、ルーキは飛び上がる。

「焼き潰れろ、紅蓮火焔!」

 ルーキが叫ぶと同時に、いつも通りに腕が燃え上がる。

 そして燃え盛る腕を、男の顔へと突き出して――寸前でぴたりと止める。

「ひぃぃい――!」

 男は掠れていく叫び声と共に、腕をだらんと垂らす。

 そして虚ろな目をして、どこか虚空を向いた。

「気絶してしまったか……まあ油断していたところにこの仕打ちならやむ無し……か」

 ルーキはつまらなさそうに呟いて、手を握って炎を消した。

 そして腕を組みながら、ため息混じりにこちらへ、とぼとぼと歩いてくる。

「さて、それじゃあサイガ、あのコソドロを届けてきてくれるかしら? 無警戒にあんなところに置いてて、後から来た人に何とかしてもらったんだもん。それくらい、いいわよね?」

 おばちゃんはにっこりと笑って、おっちゃんの肩に手を置く。

「だが、なぁ……」

 少しどもりながら、むっとした顔になるおっちゃん。

 するとおばちゃんは、口の端をさらに引き上げる。

 そして目に見えてわかるぐらいに、おっちゃんの肩に指を食い込ませていく。

「そんなこと言って……どうせサボりたいだけなんでしょう? 帰っても何もすることないんだからさ、さっさと届けてきて……ねっ?」

 おばちゃんが声を強めて言うと、おっちゃんは背中を震わせる。

「は……はいッ! 行ってきますッ!」

 おっちゃんは一言返事をして、チャキチャキと動き出す。

 そして男を雑に担ぎ上げると、ふっと息を吐き出して、大通りを走っていった。

 俺がそんなおっちゃんに対し、尻に敷かれるとはこういうことかと哀れみの目を向けていると、おばちゃんが俺の肩を叩く。

「えっと……どうしたんだ?」

 俺が目を丸くしてそちらを見ると、おばちゃんはさっさと同じ笑顔を、こちらへと向けていた。

「サイガが行っちゃったからね。あの荷物、持つ人がいなくなっちゃったんだけど……」

 そして指を向ける先には、おっちゃんが置いていった大量の荷物があった。

「ほら、早くしろ。今日は急いで帰らなくちゃいけないんだ……」

 ルーキがじとっと細めた目で、俺を下から睨み付けてくる。

「お……おう、わかったぜ!」

 女の威圧感というものを肌で感じつつ、俺は荷物の方へと走り出す。

 ちらりと後ろを見ると、そこではルーキとおばちゃんが、満足げに笑みを浮かべていた。


「そういやルーキ、急いでいると言ってたが、帰って何をするんだ?」

 帰り道俺がそう聞くと、ルーキはニヤリと笑みを浮かべる。

「ふふふ……秘密だ!」

 ルーキがそうきっぱりと言うと、おばちゃんはニコニコと声を出して笑う。

「そんな自信満々だけど、ただ芋けんぴってのを作るだけでしょ?」

 おばちゃんがそう言うと、ルーキは口をあんぐりと開ける。

「こういうのはサプライズで明かすからこそ良いんだろう!?」

 ルーキは頬を膨らませて、不満そうに抗議する。

 するとおばちゃんは袋の中から、さつま芋を一つ取り出す。

「と言っても、作れるのは正也君だけなんでしょ? なら今のうちにお願いしとかないと……」

 そう言っておばちゃんは、見せつけるかのようにさつま芋を手の上で転がす。

「かといって、上手く作れるかどうかわからないんだよなぁ……というより、他に材料はあるのか?」

 俺がそう聞くと、おばちゃんは大きく頷く。

「ええ、ルーキちゃんから聞いた限りでは、蜂蜜が必要みたいだけど、うちにある程度あるわ。それに調味料なら、砂糖以外揃ってるわ」

 この世界での砂糖の価値に寒気を覚えながら、軽く頷き返す。

「なるほど、それなら大丈夫かねぇ……」

 俺はおばちゃんの持つさつま芋を眺めながら、一つため息を吐く。

 そしておばちゃんの持つ袋をちらりと見ると、その中にはさつま芋がごろごろと入っていた。

「……なあ、ちょっと質問だが、なんでそんな大量にさつま芋があるんだ?」

 俺が恐る恐る聞くと、おばちゃんは袋の取っ手を両手で持ち、がばっと開く。

 その中には、ただ外から見ているだけではわからない、引いてしまう程のさつま芋があった。

「今日はさつま芋が特売だったのよー。それにルーキちゃんが、芋けんぴが大好物だっていうもんだからねぇ……」

 そうしておばちゃんがルーキの方を見ると、にっこりと笑って返してくる。

「ああ、とっても楽しみだ!」

 その純粋な期待に、さっきと同じ威圧を感じて、背中を震わせる。

 ――ああこれ、失敗したら確実にルーキにしばかれるわ。

 プレッシャーに押し潰されそうになりながらも、帰り道を一歩一歩歩いていく。

 宿屋まではもう近い。


 三度の失敗、その度に脳天にかまされるルーキのチョップ。

 その果てに、俺はついに辿り着いた。

「……よし、何とか出来上がった」

 俺は皿の上に盛られた、光を受けて輝く、黄色い棒を眺めて、ため息を吐く。

 我ながら、今日初めて作った割には、見た目だけはよくできた方だと思う。

 ただ、中身の方は――

「おお! 見た目としては、あの時食べた芋けんぴとそっくりだ!」

 俺の後ろから、皿を覗き込んで目を輝かせるルーキ。

 ――こいつが味見しようとするたび、抜け駆けするなと妨害してきた。

 かといって一緒に食べるかと言うと、楽しみは取っておくと断ってくる。

 正直に言って、どうしろというのだ。

 ……もう多少不味くても、全てこいつの責任にしてやろう。

 そう思いながら、芋けんぴを数本まとめて摘まむルーキをじっと見る。

 そして口へ運び、目を閉じながら、パリパリと咀嚼して頷く。

 十秒程味わい、ごくりと飲み込んで、目を開くルーキ。

「……甘みはあの時より強いが、この感じ……この奥に広がる優しい甘みは、確かに芋けんぴだ!」

 ルーキは満足げに大きく頷き、にっこりと笑顔を返してくる。

「よっしゃっ!」

 俺はぐっとガッツポーズをして、流れるままに芋けんぴを口へと運んだ。

 蜂蜜の濃厚な甘みと、少し後から来るさつま芋の甘み。

 これはこれでありだなと、確信して頷く。

「……そういやルーキの目標、芋けんぴをもう一度食べるだっけ……もう達成しちゃったな」

 俺がしみじみと呟くと、ルーキはぼんやりと目を細める。

「……ああ、そのことだが……前言撤回させてもらうぞ」

 ルーキの言葉に、俺は首を傾げる。

 そして嫌な予感を感じながら、ルーキの次の言葉を待つ。

「この世界にある食べ物を、食べ尽くすまで……共に行くぞ!」

 ルーキの高らかな宣言と、やっぱりなとため息を溢す俺。

 どうやらこの少女は、俺の目標を鵜呑みにしているらしい。

 ……いや、その方が都合が良いか?

 このままルーキがついてきてくれれば、少なくとも魔物退治は確実だろうし。

「わかった、俺が有名になるまで、サポートを頼むぞ!」

「もちろんだ!」

 俺の適当な話に、ルーキは元気に返事を返す。

 ああ、ちょろいなーと思いながら、俺はもう一度芋けんぴを摘まんだ。

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