「たまには休息、だけど実質いつも通り」

「よしそうだな、今日の仕事は休みでいいぞ!」

 おっちゃんは朝食を取りながら、笑顔でそう言う。

 するとルーキは口をあんぐりと開けて、声を溢した。

「えっ……それじゃあ、今日の給料は無し?」

 そう言って、不安そうな目をするルーキ。

「まあ、そういうことになるな。そろそろ二人も、俺や娘のお下がりばかりで困るだろ? それを買いに行こうと思うんだ」

 おっちゃんがそう言うと、ルーキは机に身を乗り出す。

 そして少し怯えたような顔で口を開く。

「それは困る! 我々には買わなくてはいけないものがある、金が必要なんだ!」

 ルーキがそう捲し立てると、おばちゃんが軽く呆れたように微笑む。

「大丈夫よ。服については元々私達が支払ってあげる予定だったし、なんならその買わなくちゃいけないものってのも、買ってあげるわよ」

 そしてそう言うと、ルーキの目には光が戻る。

「……本当に、大丈夫か? 相当高いものだぞ……?」

 ルーキはそう問い掛け、おばちゃんの顔をじっと見る。

 こちらからすると、物価は高いがたかが蜂蜜だろうと、思わず呆れてしまう。

 するとおばちゃんは、微笑んでいた顔をどっと崩す。

 そして大笑いしながら口を開いた。

「ええ、信じてもらってもいいわ。これでも私達、結構金が有り余ってるのよ。おそらく長い間一緒に暮らすことになるんだし、それぐらい気を遣わなくてもいいわよ!」

 そう言って、スープを飲んでいくおばちゃん。

 ルーキはその間に、目をキラキラと輝かせる。

「そうか、本当にありがとう!」

 嬉しさの滲む顔で感謝を述べると、おばちゃんは否定するように手を振る。

「そんな、こっちが勝手にやってるの、感謝なんて言わなくていいの!」

 おばちゃんはどこか嬉しそうに言い、パンにかじりついた。

「それじゃあ、早く食べ終わらないとな」

 俺が言うと、おっちゃんは大きく頷いた。

「そうだな。楽しみに待ちながら食べるがいいぞ!」

 そう言って、おっちゃんはパンを一つ、一気に頬張った。


「じゃあ、行ってくるぞー!」

 ルーキは赤い洋服を揺らしながら、おばちゃんに連れられて、大通りを歩いていく。

 広場に残された俺とおっちゃんは、ほぼ同時にため息を吐く。

「さて、俺達も行くか。服については、俺の行き付けの店でいいか?」

 おっちゃんがそう聞いたのを、俺は即座に頷いて返す。

「ああ、大丈夫だ。正直こういうのには無頓着なんで、よくわからないんだよな……」

 俺がぼそりと呟くと、おっちゃんは大声で笑う。

 そして肩を掴んで、ぐっと引き寄せてくる。

「そうか、ならば任せろ! 俺の超絶センスを見せてやるからな!」

 気楽な様子のおっちゃんは、そう言って進み出した。

 その腕に押されて、俺も自然にそれについていく流れになった。


 服をたっぷりと詰め込んだ袋を持ち、俺とおっちゃんは歩いていた。

 おっちゃんのファッションセンスの方は、超絶という割には無難なもので、当り障りないものを選んでいるように感じた。

 袋の中身を改めて見て、少し心配していた俺が馬鹿馬鹿しくなっていく。

「さてどうする? 俺達は相当早く終わったが、女の買い物ってのは、大概長引くものだ。あと二時間ぐらいかかると読んでいるが、どう暇を潰すかねぇ……」

 おっちゃんはどこか遠くを見ながら、ゆっくりと呟く。

 そして少し唸った後、あっと声をあげた。

「そうだ、正也の戦い方ってのを見てやろう。クレアに少しだけ聞いたが、どうやらだいぶ力づくだったみたいじゃないか。それも一つだとは思うが、相手に合わせた戦い方ってのを知っておかなくっちゃ、すぐに破綻してしまうぞ」

 おっちゃんはそう言いながら、空き地の中へとずんずん入っていく。

 そして袋を地面へ置くと、そこに落ちていた短い木の枝を拾い上げる。

 それを半分にへし折ると、一片を適当に捨てる。

 残った方を俺へと投げ渡して、もう一本長い枝を取った。

「まあナイフの長さとしては、そんなもんで十分だろう。さあ、俺に向かってくるがいい」

 おっちゃんは自信満々に言い放ち、剣を持つかのように枝を構える。

「かといって、どうすればいいんだよ……」

 俺は荷物を地面へおろして、ナイフのように枝を持つ。

 するとおっちゃんは大きく笑って、胸をドンと叩く。

「任せておけ。これでも、この街では一二を争う程の実力だぞ? お前の攻撃なんて、全て捌ききれるさ。心配なんてせずに、かかってこい!」

 おっちゃんの宣言に、俺はため息を吐く。

 そして目をぐっと閉じ、肩の力を抜いて、おっちゃんを見据える。

「どうなっても、知らないぞ……?」

 俺はそう呟いて、重心を前へと倒していく。

 そして勢いを込めて間合いを詰め、おっちゃんへと振りかぶる。

 それをおっちゃんは、軽い動きにて紙一重でかわす。

「おお、中々の勢いじゃないか。だがやはり、少々荒削りみたいだなぁ……」

 おっちゃんはどこか納得するように言い、一歩後ろに下がる。

「もっと次の動きを予測して、攻撃をしてみるんだ。例え一発目がかわされたとしても、その次には仕留められるようにするんだ」

 それに頷いて、俺はおっちゃんに言われるがままに、一歩踏み込んだ。

 その勢いに乗せて、枝を横へと振り抜く。

 するとおっちゃんは少し真面目な顔になって、後ろへと滑らかに引き下がった。

 その動きを見た俺は、腕にブレーキをかけて、突くように真っ直ぐに放つ。

 しかし一瞬で枝を握っていた、手の力が抜けてしまう。

 まるで痺れるような感覚、痛みにも似たその感覚に顔を歪める。

 おっちゃんは手に持っていた枝を、真上へと振り抜いていた。

 俺の持っていた枝はそれに跳ね上げられ、くるくると宙を舞っていた。

「よしよし、良い動きだ。まだまだ荒削りだが理解が早い。俺じゃなければやられてい……っいてぇ!?」

 おっちゃんが格好つけてそう言ってると、宙を舞っていた枝が脳天に炸裂する。

 頭を抱えてうずくまるおっちゃんに、俺はゆっくりと近づく。

 するとおっちゃんは少し顔を上げて、俺の顔をじっと見る。

「現役の頃ならば、これぐらい何とかなったんだが……とにかく、さっきの攻撃は俺が避けると予測できたからだ。それだけでは、初めての相手とは戦えない。相手に合わせて、柔軟に動けてこそ、本当に強いと言えるもんだ」

 おっちゃんがそう言うのに、俺は頷いて返す。

「……なるほど、参考になる」

 俺はそう言って、転がっている枝を手に取る。

 そして左手を添えて構えを取ると、意識をその先へと集中させる。

「それじゃあ、もう一度よろしく頼む」

 俺の言葉に、おっちゃんは歪めていた顔を戻す。

 嬉しそうに勢いよく飛び上がり、着地と同時に枝を構えていた。

「その意気や良し! それじゃあ、予想の二時間まで、みっちりと特訓してやるからな!」

 おっちゃんはにやりと笑い、白い歯を覗かせる。

 この時の俺は知らなかった、まさかあそこまで過酷になるとは……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る