「依頼は完遂したけれど、まだまだ初心者扱いなようで」

 ルーキは酒場の扉を、勢いよく開け放つ。

「みんな、帰ってきたぞ! もちろん依頼もばっちりこなしてきたぞ!」

 そう満足げに言いながら、ルーキは扉の中へと入っていく。

 俺もその後を追って、扉の中へと進む。

「一応、二人とも怪我は無いんで、安心してくれよ」

 俺は頭を掻きながら、そう言って外皮のたっぷり入った籠をカウンターに置く。

 そこにいた大男達は、無傷な俺とルーキを見て、驚きの表情をしていた。

「あら、お帰りなさい! 見てたわよ、あなた達の戦い方! ほんと、とっても強かったわね!」

 クレアさんの笑いながら投げ掛けてきた言葉に、俺とルーキはぴたりと動けなくなる。

 背中に冷や汗が伝い、不安と恐怖に飲み込まれてそうになる。

 ルーキと俺はどうなるんだ、魔物とそれに関わった悪と見なされてしまうのか?

 考えれば考える程に、じわじわと鈍い痛みが頭に響いてくる。

 ルーキはうつむいて、ぶるぶると震えながら、目だけをキョロキョロと動かしていた。

 そして強張った表情のまま、見開いた目で助けを求めるかのようにこちらを見る。

 だが俺にはそこから助け出す方法も、自分が助かる方法すらも見つけることができなかった。

 するとクレアさんは困ったような顔で、カウンターから出てくる。

「あらあら、自分達の戦いが見られていたと知って、恥ずかしくなっちゃったのかな?」

 そう言いながらルーキの背中に手を触れると、身体をビクリと跳ねさせる。

 そして目をぐっと閉じて、息を荒げていった。

「大丈夫だぞ、ルーキ。クレアはいつも、こんな感じなんだ。初めての人に対して依頼を与え、かつての得意技でこっそりと密偵するんだ。そのくせ他人には、その実力について教えてくれないんだぜ」

 おっちゃんは軽く笑いながら、思い出すかのように言った。

 すると周りから、それに賛同するようなガヤが響いてくる。

「かつての、じゃなくて今も現役よ。それに実力について隠すのは、それによる各々の対立を防ぐためよ。まあ、大体の実力については、受けている依頼の内容で察することができるだろうけどねー」

 クレアさんはそう言って、もう一度優しく、ルーキの背中に手を置いた。

 少し身体を跳ねさせたルーキだったが、覚悟を決めたように目をくわっと見開く。

「……ああ、それなら大丈夫だ」

 ルーキは低い声でそう言い、手のひらをぐっと握っていた。

 そしてクレアさんの顔へと目を向ける。

 するとクレアさんは何かを察したかのように頷いた。

「さぁて、安心してくれたようだし、いつもの通り、クレアさんとのお約束タイム、行ってみよー!」

 クレアさんがそう宣言すると、周りのざわめきがぴたりと止む。

 それを不思議がっている俺達をよそに、クレアさんはカウンターの奥へと戻っていく。

 そこにあるドアノブに手を掛けると、顔をこちらへと向けた。

「それじゃあ、覚悟ができたら二人はこの中に入ってきてねー!」

 楽しそうにそう言いながら、クレアさんは扉の中へと入っていった。

 ぽつんと残された俺とルーキを置いたまま、周囲はまたいつも通りのざわめきへと戻っていく。

「いつものお約束タイム、初心者狩りで有名な、恒例のアドバイスの時間だな。まあ妥当な評価を下してくれるから、そこんところは安心してくれていい。むしろ凄く参考になる」

 ざわめきの中から、おっちゃんが俺達に向かい説明を入れる。

 するとルーキは、頬に汗をかきながら、息をのむ。

「……それは、裁きを与えたりするものなのか?」

 ルーキは怯えた声で、ぼそりと言う。

 それを聞いておっちゃんは、頬を掻いて天井を見上げる。

「いや、あまりにもダメダメだったりしない限りは、アドバイスに留まると思うしなぁ……それに外法を使ってたらしい奴もいたが、それでも少し長いお説教だけだったし、たぶん大丈夫だろ」

 おっちゃんは確信したように頷いて、ビールを一気に飲み込んでいく。

「……じゃあ、行こうか」

 俺がそう言うと、すがるような顔のルーキがこちらを見る。

 その表情に何か言わないとと思い、口を開く。

「大丈夫、」


「……わかった」

 そう力無く呟いて、ため息を吐いた。


「よしよし、覚悟は決まったようね。じゃあ、早速始めましょうか」

 部屋に入った瞬間、クレアさんは嬉しそうに笑う。

 俺達はそれに、何も言わず頷いて返した。

「さて、正也君だっけ? あなたの重いナイフの一撃、とても良かったわ!」

 クレアさんは振り下ろすようなジェスチャーをしながら、にっこり笑った。

「……あ、ありがとうございます」

 怒られるとばかり思っていた俺は、呆気に取られて、素っ気ない返事をしてしまう。

 するとクレアさんは、軽く頷いて言葉を続ける。

「だけどね、あまりにも大振りすぎると思うわよ。火力は相当なものだけれど、あの速度じゃ避けられたり、反撃されちゃうから注意してね」

 一転して諭すような口調のクレアさんに、俺はただ頷くことしかできなかった。

「まあ、そんなところよ。これからも頑張ってね。さて、次はルーキちゃんだけれど、とんでもない能力を持ってるわね……」

 クレアは言葉を選ぶようにゆっくりと、そう切り出す。

「……あの紅蓮火炎って言ってた命技は、とてつもなく目覚めが早いってことで、何とか言い訳ができるでしょう。だけどあの竜みたいな能力、元々が竜だったのか、はたまた後からその力を得たのか……まあどちらにせよ、魔物由来なのは確かでしょうね」

 そう言われて、ルーキはぶるりと震え上がる。

 そして恐れを含んだ目で、クレアをじっと見る。

「……まさか、このことについて、皆に話すつもりなのか?」

 ルーキは怯えきった声で、不安そうに聞く。

 そこにはいつものルーキの、自信満々な姿はない。

 するとその頭に手を乗せて、クレアはにっこりと笑った。

「そんなことはしない、というよりできないわ。こっちは勝手に覗き見した立場だし、ルーキちゃんもおそらく、他人がいないから能力を使ったんだろうしね」

 クレアさんは優しく笑いかけ、ルーキの頭をゆっくりと撫でる。

 覗き見したとはいえ相手は魔物、それに勝手に能力を使ったのはルーキであって、道理を通す必要は無いはずだ。

 そのことを考えるとクレアさんはとても優しい、信用してもいい人なのではないか。

 俺がそう思っていると、クレアさんは再び話し始める。

「それにここは竜を祀る街、グラスティアよ。元々魔物を崇めてたんだもの、多少は大丈夫よ。だけどこのことで学んでね、人前では絶対に使わないこと。そして油断してちゃ駄目よ、どこで誰が見てるかわからないからね!」

 クレアさんがそう言うと、ルーキはゆっくりと頷いた。

「ああ、もちろんだ。紅蓮火炎だけでも十分戦えるしな!」

 そう言うと、クレアさんは苦笑いする。

「やる気はいいんだけれど、油断しないでってわかってるのかしら……?」

 そう震えた声で言うのに、俺も不安にさせられる。

 だが俺も覚悟を決めて、一つ頷く。

「大丈夫です、いざという時は俺がストッパーになりますから」

 そう俺が宣言すると、クレアさんは目を閉じる。

「なるほど、それなら安心ね。二人で歩いて行く道に、どうか祝福がありますように!」

 にっこりと笑い、そう言うクレアさん。

「ありがたいものだ! それでは、次の依頼を寄越すんだ!」

 ルーキは自信を取り戻し、手を差し出して要求する。

「まったく、もう今日は遅いんだからね。また明日よ」

 苦笑いするクレアさんは、その手を押し返しながらそう言う。

 その反応にルーキは頬を膨らませる。

「むぅ……じゃあ明日だ、明日たっぷりと依頼をこなしてやるっ!」

 ルーキはそう叫んで、腕を天に突き出す。

 その自信に溢れた声に、クレアさんは吹き出す。

「一日一つだけよっ! まったく、元気なんだから……」

 そう言ったクレアさんの言葉には、どこか辛さを隠しているように聞こえた。

 それを杞憂だと思いながら、俺はルーキの頭を無理矢理撫でるのだった。

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