「酒場は人が集まるので、次第に依頼も集まるようで」

 俺達は今日の仕事として、おっちゃんに連れられて酒場へと来ていた。

 カーテンに遮られて薄暗い店内は、屈強な男達が所狭しと並んでいた。

 まだ早い時間とは思えないその賑わいに驚いていると、カウンターに座っていた一番がたいの良い男が口を開く。

「おやサイガさん、朝早くに、久々の登場ですねぇ。しかし子供を二人も連れて、どうしたんですかい?」

 その男は不思議そうに、飄々と問い掛けてくる。

 その声に酒場全体の目線が、俺達の方を向く。

 するとおっちゃんはカウンターに座りながら、自信満々な顔になる。

「スライムを倒した青年と、湖の主を捕獲した少女に見合うような、良い依頼を出して貰おうと思ってな」

 おっちゃんがそう言うと、酒場の男達は顔を見合わせて、しんと静まり返る。

 そして五秒程経つと、どっと溢れ出すように笑い出した。

「かつてサイガさんと一緒に冒険した、このバルレイでも、流石に冗談がきついと思いますよ? その青年がスライムを倒したってのはまだしも、そこのちっちゃいお嬢ちゃんが湖の主を捕獲した張本人だなんて、明らかにおかしな話ですぜ?」

 大男はそうからかいながら、酒をがぶがぶと飲み込んだ。

 するとルーキはむっとした様子で、歯をギリギリと食い縛る。

 今にも飛び掛からんばかりのルーキだったが、そこでカウンターにいた女性が口を開いた。

「このクレアの店で、お客さんにケチをつけようなんて、例え常連のバルレイでも許さないよ? それでも納得できないっていうのならば、この二人だけで依頼に行ってもらえばいいんじゃないの?」

 女性がそう言うと、バルレイはしゅんと顔を下げる。

「わかったよ……流石にクレアさんに嫌われるのは嫌だよ……だけどよ、この二人だけで行かせるのは危険じゃないのか?」

 バルレイがそう聞くと、クレアさんは一つ頷く。

「まあ、普通に考えたら危険でしょうね。だけどかつての英雄、サイガが見込んだんだもの、そのくらいなら大丈夫よ。そうねぇ……今入っている依頼は……」

 クレアさんはそう言いながらしゃがみこんで、カウンターの下を漁る。

 そして一枚の紙と篭を一つ取り出すと、カウンターへと置いた。

「これぐらいが丁度いいかしらね。エンティスの討伐、そして証拠にその外皮を一体分取ってくること。報酬は1000ドランと、その外皮で作った薬よ。量的には、丁度この篭が一杯になるだけ取ってくれれば達成ってことになるわね」

 クレアさんの説明に、おっちゃんは頷く。

「エンティス、現役を引いて久しいからうろ覚えだが、確か森に住んでいる、木によく似た魔物だったかね? そいつらならば、この二人でも何とかなるだろうな。さて、どうする? これを受けるかどうかは、お前達次第だぞ」

 おっちゃんが首だけをこちらに向けて聞き、俺は顔を下げて少し考える。

 そして真っ直ぐに前を見て、ゆっくりと頷いた。

「おっちゃんが大丈夫って言ったんだ、その信頼を壊すわけにはいかないさ。おそらく、ルーキもやる気になっているだろうしな」

 俺が確信しながらルーキの顔を見ると、にたりと笑っていた。

 そして一言よしと呟くと、拳を打ち合わせた。

「もちろん行くに決まっている! 我々を馬鹿にした報いを受けてもらおう! まあ、完璧にこなしてやるさ!」

 ルーキは自信満々に宣言し、篭を掴んだ。

「じゃあ決まりね! 少なくとも、弱い相手ではないから気を付けてね!」

「行ってらっしゃーい」

「ああ、行ってくるぞ!」

 俺とルーキは、クレアさんとおっちゃん、そして不安そうな目を向ける男達を背に向けて、酒場を出て行った。


 そして二時間程が経過して、俺とルーキは森の奥深くへと来ていた。

「そういや今気付いたんだが、その洋服のままで来てよかったのか? 汚れるかもしれないし、このまま翼を出したら、服が破れちまうぞ?」

 俺が質問すると、ルーキはふふんと鼻を鳴らした。

「ああ、それについては大丈夫だ。我の真の力があれば、前のようなヘマはおかさないさ。翼についても、既に対策済みだ」

 そう言って目を鋭く尖らせたルーキは、勢いよく地面に片腕を突く。

 その瞬間、ルーキの姿が変化していく。

 ゴツゴツとした岩のような腕に、鋭く伸びた角と牙。

 そして背中からは、倍速で木が成長するように、翼が伸びて広がっていった。

 しかし破れるような音は聞こえず、ただ滑らかに翼が出来上がったのだ。

「この通り、おばちゃんに頼んで、服をアレンジしてもらった! 背中の部分、大きく穴を開けてもらったんだ!」

 最後の方はただの少女が喜ぶように言って、ルーキはくるりと後ろを向く。

 するとそこには肩甲骨が見える程の、大きな穴が開いていた。

 その肩甲骨の部分から、ぽつりと鱗が浮かび、翼が飛び出していた。

「へぇ、娘さんのものなのに、よくそんな弄ってもらえたなぁ……」

 俺がそう言うと、ルーキはにっこりと笑う。

「確かに、最初は少し疑問に思ってたようだけど、背伸びしたい年頃だもんねーって言ってたな。まあ、都合が良かったさ」

 ルーキはそう言いながら翼を畳むと、いつものように腕を組む。

「さて、この辺りがエンティスの住んでいるはずの場所だが、どこに居るのか……」

 ルーキはきょろきょろと周りを見渡し、ゆっくりと息を吐く。

「そういや木に似た姿をしているとは聞いたが、その似ているってのはどれほどのものなんだ?」

 俺がそう聞くと、ルーキは首を傾げて少し唸る。

「確か、太さや質感はそこらの木と同じなんだが、高さは目に見えて判別できる程に低かったはずだ。それと今の時間帯ならば、太陽光の当たる場所で、日光浴をしていることが多かったはずだ……いたぞ」

 ルーキはぼそりと呟き、とたとたと走っていく。

 その先には短い木が一本、木の葉の間から注ぐ光の中に立っていた。

 長さといい、太陽を存分に浴びている姿といい、露骨なその木。

 足を止めたルーキは、その木にゆっくりと手を触れる。

 しかしその木は、何の反応も返してくれない。

 ただ風に木の葉を揺らしているだけだった。

「おい、これ本当にエンティスなのか? 少し短い程度で、普通の木にしか見えないが……」

 俺が聞くと、ルーキは不敵に笑う。

「まあな。あくまで状況からそう断定しているだけで、確信は無いな。だから、それを証明してやればいい!」

 ルーキは自信満々に言い、鋭い爪を木へと突き立てる。

 パキパキと音を立てて、食い込んでいく爪。

 木の外皮は、真っ直ぐに裂け目を作っていく。

 すると木が、ゆっくりと震え出す。

「ヴ、ヴァァァ!!」

 低くくぐもった絶叫が、森の中を響き渡る。

「よし、当たった!」

 ルーキはそう叫びながら、掴んでいた外皮を一気に引き剥がす。

 バリバリとガムテープを剥がすような音と共に、捲れていく外皮。

「ヴゥゥッ!」

 エンティスは唸り声を続けながら、根のような足を地面から抜き取っていく。

 そして皮が引き千切れることもお構いなしに、素早くルーキから遠ざかっていった。

「逃がすものかっ!」

 ルーキは外皮を投げ出しながら、エンティスに向かいぐっと踏み込む。

 それと同時に翼がひらめき、エンティスとの距離をぐんと縮めていく。

 するとルーキはエンティスを追い抜き、身体を捻らせた。

 そのまま後ろに回したら腕を、勢いよくエンティスへと振り抜く。

 するとエンティスは根を地面に突き立て、一気にブレーキをかける。

 そして枝からぶら下がっていた蔦を、ぐんと伸ばしていく。

 それはルーキの腕へと巻き付き、攻撃を封じ込めてしまった。

「ウガ……ガッ!」

 エンティスは威嚇するかのように唸り、蔦をぐいぐいと絞っていく。

「ほう、逃げなくてもいいのだな? まあ、逃がすつもりも無いのだが」

 ルーキは腕に食い込んだ蔦に、冷たい目を向ける。

 そして手を回して、蔦を掴んだ。

「燃え上がれ、紅蓮火焔!」

 ルーキがそう叫ぶと、握る拳が赤く燃えはじめる。

 その炎は蔦へと乗り移り、導火線のように辿っていく。

 そして枝へ、木の葉へと、勢いを増しながら広がっていく。

「ガ……ガッガ……!」

 パチパチと火の粉を散らしながら、全身を燃やすエンティス。

 もがき苦しむその姿は、まるで激しく舞い踊っているようだった。

「……まあ、こんなものでいいか」

 ルーキはそう呟いて、燃え盛る手をぐっと握る。

 すると炎はぴたりと消え、燃えていたエンティスの炎も止んだ。

「ガ……」

 真っ白に燃え尽きたエンティスは、か細い声を立て、少しだけ震える。

「まだ生きていたのか……だが大丈夫だ、すぐに終わる」

 ルーキはため息を吐いて、右腕を後ろに下げた。

 そして息をゆっくりと吐き出し、勢いを込めて横に薙ぐ。

 鋭い爪ははエンティスの身体を捉え、ひびを入れていく。

 そのひびは横へと走り、エンティスを真っ二つにする。

 音を立てて倒れるエンティスに、ルーキはこちらへと向く。

「ふぅ……これで任務完了だな!」

 ルーキはため息を吐いて、自慢気な声で笑顔を向けてくる。

 その笑顔は、俺の吐き出しかけた言葉を憚らせる。

 だがその現実に、俺は言わざるを得なくなる。

 覚悟を決めて、ゆっくりと口を開く。

「なあ、実に言いにくい話なんだが……これじゃ納品できないぞ……」

 俺が重い口調で呟くと、ルーキは丸い目でこちらを見る。

 そんなルーキが理解できるように、エンティスの無惨な亡骸を指差してやる。

 するとルーキはそちらへと向き、ゆっくりと青ざめていく。

「し……しまったァ!?」

 ルーキは頬に手を当てて、爪を軽く食い込ませながら叫ぶ。

 そして焦りながら、きょろきょろと周りを見渡しはじめる。

「どうしよぉ……これじゃあ絶対に足りないぃ……」

 いくら嘆けど、燃やしてしまった現実は変わらない。

 ただただ時間が、無駄に過ぎていくだけだった。

 可愛らしくうめくルーキの肩に、俺はゆっくりと手を置く。

「そんなこと言ってたって終わらねぇだろ。今回は運が良かったからなぁ……これは恐らく、長期戦にな……」

 俺はそう言いながら、何気なくルーキの向いていた方向を見る。

 そして俺の言葉はぴたりと止まる。

 目線の先、木々の隙間を通り抜けた先に、光を浴びる一本の短い木があった。

 露骨としか言い様のないその見た目、まさしくエンティスだろう。

「み、見つけたァ!!」

 俺は草を掻き分けながら、一気に駆け出していく。

 ぐんぐんと近づいていくその姿は、物音に気付いたのか、少し身動きを取る。

「ガ……?」

 エンティスが音を立てながら根を抜いていくその時には、俺は目の前まで詰め寄っていた。

 取り出すのはドロシーから貰ったナイフ、魔物に対する護身用として持っていたものだった。

 それを素早く構え、走る勢いのままに、エンティスへと突き立てる。

「グ……ガアアア!」

 心地よい音と共に、突き刺さるナイフ。

 エンティスは叫びをあげながら、根を完全に抜いていく。

 俺は焦りながら、そのナイフへと全体重をかけて、一気に下まで切り下ろす。

 すっぱりと切れ目ができたエンティスの表面、俺は後ろに下がりながら口を開く。

「ルーキ、準備完了だ! 一気に引き剥がしてやれ!」

 俺がそう言うと、背後から風を切りながら、ルーキが飛び出てくる。

「全く、急に走り出すものじゃない……っと!」

 ルーキは爪をエンティスの外皮の角へと引っ掛けると、そのまま掴んで上へと引き上げる。

 その衝撃でバリバリと激しい音を立て、エンティスの表面は剥がれていく。

 ルーキはそのままエンティスの裏側まで回り込むと、もう片方の手の爪を立て、真っ直ぐ下へと切り裂いた。

 べらりと垂れ落ちる外皮を爪から外し、ルーキは俺に向かいにっこりと笑う。

「よし、これで丁度ぐらいだろう! 今度こそ任務完了だな!」

 ルーキが嬉しそうに言うと、エンティスがガタガタと震える。

「ガッガアアア……!」

 そして怒り狂ったようにうなり、ルーキの方へと向く。

 するとルーキは手のひらを上にして、指にぐっと力を入れる。

 それと同時にルーキの腕が燃え盛る。

「流石のお前も、燃える相手とは戦いたくなかろう? 今引き下がるならば、命だけは助けてやろう」

 ルーキがそう言うと、エンティスは少し引き下がる。

「ガ……ガ……」

 そんな音を出しながら、エンティスは素早くどこかへと消えていった。

 それを見届けて、ルーキは安堵のため息を吐く。

「よし、これで本当に完了だな。しかし、よくこんなに距離が離れたところから、エンティスの姿を確認できたものだな」

 ルーキは不思議そうに言い、外皮を拾い上げる。

 改めて言われると確かに、二百メートルぐらい離れているであろう位置で、なおかつ森の中という環境。

 日光が当たっているという目印があるとはいえ、それを即座に見つけられたのは中々のことだった。

「そうだなぁ、昔から目は良いんだが、まあ本当に今日は運が良いってところかなぁ……?」

 俺が適当にそう言うと、ルーキは消化不良といった様子で、むっとした顔をする。

「……まあ、それならいいんだがな。さて、帰るか」

 そう言ってルーキは、森の中を歩き出した。

「ああ、そうだな」

 俺も軽く答えて、その後についていく。

 射し込む太陽は丁度、空の頂点に辿り着く頃だった。

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