「ロリは強くなり、俺には何も無いようで」
俺たちは湖の主を荷車に乗せ、街の大通りを練り歩いていた。
町の人々はその主とルーキを見て、目を丸くしていた。
そりゃ主を捕まえたってだけでも十分驚きなのに、ルーキの服は血で真っ赤になってしまっているのだ。
一応ある程度は洗っておいたが、それでも一目見てわかるほどの赤だ。
するとおっちゃんは広場で足を止め、響くように手を叩く。
「みんな、注目してくれ!」
おっちゃんが叫ぶと、人々はぱっとこちらを向き、しんと静まり返る。
それを確認すると、おっちゃんは頷いて口を開いた。
「今日は四年ぶりに、湖の主が釣れた! 生命の象徴とされるこの湖の主だが、今回もいつも通りに早いもの勝ちで売ろうと思う! さて、買いたいものはいるか?」
おっちゃんの言葉に、黙り切っていた人々は、割れんばかりの声とともに手を上げる。
それを一通り見渡したおっちゃんは、しゃがみこんでルーキの耳元に顔を寄せる。
そして何かを呟いて、立ち上がるとともに人々の方へと向き直った。
するとルーキはこちらへと向いて、俺の腕を掴んだ。
「ここはおっちゃんに任せて、我々は行くぞ」
ルーキはそう言って、主の石をちらりと見せてくる。
そして大通りをゆっくりと歩き出し、きょろきょろと周りを見回した。
その先にぽつんと立っていた、寂びれた工場へと見付ける。
ルーキは俺の腕を引っ張りながら、その中へと進んでいった。
「お邪魔するぞ!」
ルーキはホコリを手で払いのけながら、薄暗い工場の中を歩いていく。
すると奥の方から、ごそごそと物音が聞こえてくる。
「何だぁ? わしの工場に何か用か?」
そんなことを言いながら、奥から誰かが出てくる。
見えてくる男の肌は、深い緑色を帯びており、低い身長の割に体格はがっちりとしていた。
そして鋭い眼に、耳は鋭く尖り、まさに昔話のような怪物が立っていた。
「なっ……ゴブリンッ!? 何故ゴブリンが街中にっ!?」
俺が驚きに言葉を失っていると、ルーキが叫びながら後ろに退いた。
その様子を見て、男はため息を吐いた。
「おいおい、そんな人を取って食うようなゴブリンじゃねえよ! 既にしっかりと協定は結んであるから安心しろ! ……ったく、確かにちょいと珍しいかもしれんが、もう当たり前の存在になっていると思ったんだがなぁ」
男は不満そうに呟きながら、そこにあった椅子へと座り込む。
「わしはゼノン、人間との協定に則り、ここで八十年間武器などの加工をしている。さてもう一度聞くが、わしの工場に何の用だ? 冷やかしならば帰ってもらうぞ」
男はそう名乗って、不機嫌そうに机へ肘を突いた。
するとルーキはゆっくりと前に進み、ゼノンに向かい石を見せる。
「おっちゃんに言われてここに来た。これを見せればわかってもらえるとも言っていた」
ルーキがそう言うと、ゼノンは目を見開いてその石を見る。
「上物の水龍結晶、それにこいつを入手できる実力のおっちゃんというと……サイガか。わかった、ちょっと待ってろよ」
ゼノンはルーキの手から石を取り、机の上へと置く。
そして首に下げていた金槌を持ち、石へと宛がう。
二、三回首を傾げたかと思うと、勢いを込めて金槌を叩き付けた。
バキンと石の割れる破壊音が響くとともに、石は眩い光を放つ。
その閃光はゆっくりと弱まってゆき、そこには綺麗な輝きを反射させる青い宝石があった。
「よし、上手くいったぞ。水龍結晶、こいつを持っていれば、内に秘める力の増強ができるぞ」
ゼノンはそう説明しながら、横の棚を片手で漁る。
その中から取り出したチェーンを水龍結晶に結ぶと、ルーキの手のひらへと置いた。
「ほらよ、試しに着けてみな」
ゼノンに言われるがまま、ルーキはそれを首に掛ける。
するとその瞬間、ルーキはくわっと目を見開き、きょろきょろと周りを見渡した。
「なんだ、これは……この封じられていたものが溢れ出すような感覚は……!?」
ルーキは不思議そうな様子で、自分の手のひらを眺めていた。
それを見たゼノンはにたりと笑って、水龍結晶を指差した。
「そりゃそうだ。湖の主が持つ力の根源、それを表に出して装備したんだ。相当な力がその身に溢れてくるはずだ。何かその力を試してみればどうだ?」
その言葉に、ルーキは目を丸くして頷く。
そして腕に力を入れ、勢い良く手のひらを握る。
すると鈍い着火音とともに、ルーキの手が赤く染まる。
めらめらと赤い炎が、ルーキの腕を包んで燃え上がっていた。
俺があっけにとられていると、ルーキは恐ろしい笑みを浮かべていた。
「やった、やったぞ! ついに我の真の力、紅蓮火焔のお披露目だ!」
ルーキがそう叫びながら腕を突き上げると、すっと炎が止んだ。
「ほう、それがお前の力か! しかしそれ、どうやら魔法の類ではなく、ドロシーのロイヤルブレードのような、命技のようだな」
ゼノンはそう言って、人差し指で何かを切るようなジェスチャーをする。
するとルーキは頷いて、手のひらを上に向ける。
その瞬間に、その手のひらの中心から、炎が吹き上がった。
「ああそうだ。この紅蓮火焔は我が命技! 使えなくなってしまっていたのだが、またこうして使えるようになるとはな!」
ルーキは嬉しそうに笑い、炎を揺らめかせた。
だが俺は意味がわからずに、思わずため息を溢してしまう。
「なあ、その命技ってのは何なんだ? 少なくとも、ロイヤルブレードってのは知ってるが……」
俺の言葉に、ルーキは驚いたような顔で声をあげる。
そして呆れたような様子で、ため息を吐いた。
「そんなことも知らないのか……といっても仕方ないか。いいか、命技ってのはその名の通り、生命力を使った技だ。これは一人一人固有の能力で、内容はいわゆる才能や、潜在的な精神に左右されるらしい。これは生命力を使うゆえ、短期間に連発することはできないが、魔法とは比べ物にならない威力を発揮することができる!」
ルーキは自慢気に説明をして、手のひらを握って炎を止める。
そしてその手を下ろして、机にもたれ掛かった。
「ところで、正也は命技に目覚めてないのか? 知識は無かったとしても、そういう類の能力は持ってるんじゃないのか?」
ルーキにそう言われて少し考え込んだが、そんな力を持っているわけがなかった。
「いや、俺の世界……村では、そういうものは無かったな……正直そういう能力、羨ましいもんだよ」
その言葉の半分は嘘、腕が燃え上がるなんて勘弁だ。
だがまた半分は事実、ドロシーの命技みたいなものなら、この世界を生きていくなら欲しいものだ。
俺はため息を吐いて、拳を握った。
するとルーキは目を伏せて、唸り声を上げる。
「うーん、そうだったか……まあ大丈夫だ、非常時は我がついているからな! 我の能力は燃費がいい、お前の分も補えるはずだ!」
ルーキは気を取り直し、元気にそう言った。
それと同時に、ルーキの腕が燃え上がる。
その腕で、勢い良くガッツポーズをした。
赤い炎でぼんやりと照らされたルーキの顔は、いつもより自信で満ちているように見えた。
「どうやら上手くいったみたいだな。さっきの炎、綺麗だったぞ」
入り口から聞こえてくる、おっちゃんの飄々とした声。
おっちゃんはつかつかと工場の中へと入り、ルーキの目の前で止まる。
そして水龍結晶を覗き込んで、満足げに頷いていた。
するとルーキはむっとした顔になって、鼻を摘まんだ。
「生臭い……これは湖の主の臭い、それも血の付着等ではない、実物があるな?」
ルーキがそう言うと、おっちゃんは驚いた顔で頷いた。
そして手に持っていた皿を、ルーキの顔の前に差し出す。
その上には、魚の切り身が一片置かれていた。
「よくわかったな、一片だけだが、お前らに食べてもらいたくてな! こいつは栄養たっぷりだし、験担ぎも兼ねてな! 晩飯まで待ってろよ!」
おっちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「……おばちゃんの調理ならば、我でも食べれるだろう。ああ、晩飯が楽しみだ!」
ルーキは期待に満ちた顔で、その皿を受け取った。
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