「これが始まり、そして初の仕事へ」

「よし、出来たぞ。こっちへ向いて、大丈夫だ……」

 ルーキのその言葉に、俺は後ろの扉へと振り向く。

 そこには可愛らしい洋服に身を包み、もじもじと恥ずかしがっているルーキが立っていた。

 真っ赤な髪に似合う赤と白の服で、長いスカートが少し揺れていた。

「どうだ、似合うだろうか……?」

 ルーキはスカートを両手でぐっと押さえながら、顔を赤く染めて聞く。

 するとおばちゃんが、ニコニコ笑って口を開いた。

「うんうん、とってもよく似合ってるわよぉー! サイズも丁度良し! なんだか、私の娘を思い出すわねぇ……」

 おばちゃんはそう言って、机に肘を突いた。

 その言葉を聞いたルーキは、固くしていた表情をぱっと綻ばせる。

 そして嬉しそうに、大きく頷いた。

「そうか、それなら良かった!」

 ルーキは大きな声でそう言うと、ほっと胸を撫で下ろす。

 その抜けた力のまま、椅子へと座る。

「しかしあんな格好で現れて、正直驚いたわよぉ……お昼に着替えを渡そうと思ってたんだけど、直前に飛び出て行っちゃうし……」

 おばちゃんは肘を突いたまま、不思議そうに呟いた。

 その言葉に、俺は背筋を凍らせて、ルーキの顔を見る。

 するとルーキは大きくため息を吐いて、両肘を突いて腕で頭を支える。

「ああ……あれはな、ここに来るまでにスライムに出くわして、思い切り剥ぎ取られてしまってな……」

 ルーキは不満そうに、左手の拳を握る。

 内容に嘘は含まれているが、それは実際倒すことができなかったことへの不満なのだろう。

「あらぁ、そうだったの!? 実際に会ったことはないけど、スライムっていったら、けっこう強いと聞くわぁ……それから逃げ延びるなんて、あなた達強かったのねぇ……!」

 おばちゃんは驚きの声をあげ、尊敬の眼差しを向けてくる。

 だがルーキは首を横に振り、目を伏せた。

「いや、我は何もしてはいない。それどころか、分裂の手伝いをしてしまった……その一体は、正也が倒してくれた。そして、かのドロシー・スカーレットに出会えたのも大きかっただろうな」

 少し悔しそうに言い、握っていた拳の力を強めていく。

「ドロシーちゃんに会ったってことは、あなた達、竜王の森からやって来たの!? その向こうから来たとすると、よく紅蓮竜王に出くわさなかったわねぇ……」

 紅蓮竜王という言葉に、ルーキは背中を跳ねさせる。

 そして目を泳がせて、天井を眺めていた。

「そうだな、そこのところも合わせて、運が良かったんだろうな……」

 ルーキは力の入っていない声で、ぼんやりと呟く。

「……っと、そんな幸運で出会った二人だ。我は芋けんぴをもう一度食べるため、お前は有名になるために、共に頑張ろうではないか」

 ルーキは買っていた林檎を手に取り、それを俺の手に握らせる。

 そしてもう一つを自分で持つと、腕をピンと伸ばしてこちらへと向けてくる。

 その状態を俺が理解できずに唖然としていると、ルーキがむっとしてため息を吐く。

「まったく、正也はそこのところ、粋というものがわからんのだなぁ……」

 ルーキはそう言いながら、林檎を持っていた俺の腕を掴む。

 そこからぐっと引っ張ると、俺の持っていた林檎と、ルーキの持っていた林檎を軽くぶつからせる。

「よし、これで我とお前は運命共同体だ。たとえ不幸が待っていようと、共に戦うのだ!」

 ルーキは目を閉じてそう言い聞かせるように語り、腕をゆっくりと引いていった。

 そしてガブリと食らい付き、いつものように目を輝かせる。

「はあ、なるほどな……」

 俺は息を吐き出して、覚悟を決めながら林檎に食らい付く。

 元の世界でやり残したこと、別れも言えずに来たこと。

 魔物と戦うこと、そしてこの世界で生きていくこと。

 林檎の甘味は未練をドロドロに溶かし、酸味が覚悟を鋭く尖らせていく。

「……んぐっ! おいしいぃ!」

 すると俺の覚悟を遮るかのように、ルーキが大声で叫んだ。

 その声に驚いた俺は、口の中の林檎を喉に詰まらせそうになる。

 顔を歪ませながらむせる俺に、ルーキはびくりと驚いて背中をさする。

「おいおい、大丈夫か!? 言ったそばからくたばるんじゃないぞ……」

 ルーキは呆れたような、どこか切なそうな声で呟く。

 そして腕を組んで、息をふっと吐き出した。

「ふふふ、粋とか何とか言ってたけど、それってこの国に昔から伝わっている約束の方法よねぇ……でもそれを知らないってことは、正也君はほんとに遠くから来たのねぇ……」

 おばちゃんは染み染みと言って、俺の顔を見てくる。

「ん……ああ、そうだな」

 流石に本当のことは絞り出せず、引っ掛かりのある返事をする。

 するとおばちゃんは何か納得したように、大きく頷いた。

「まあ、深くは聞かないけどね。ところで、二人はどれぐらいここで暮らすつもりなのかしら?」

 おばちゃんはさっぱりとした声で言い、カップの中のお茶を少しすすった。

「……期間については未定だ。ある程度の纏まった金を貯めること、ついでに少しでも名声を得ることができれば幸いだ」

 ルーキは神妙な面持ちで言って、林檎を全て食べ尽くした。

 その話を聞いて、おばちゃんは口を尖らせながら頷いた。

「なるほど、それならうちで働かない? 夫婦二人でここを営業していくので、ちょっと人手やお金が足りなかったりしてね……夫のサイガが色々頑張ってくれてるのよ。それのお手伝いをしてくれないかしら? それなりだけどお給料は払うし、宿代も安くしておくわよぉ!」

 おばちゃんは明るい声でそう言いながら、手で金のジェスチャーをする。

 俺はルーキと目を合わせ、同意の意図を汲み取る。

 そして頷いて、口を開いた。

「ああ、わかった。喜んで引き受けさせてもらうよ」

 俺は覚悟をぶつけるように、力強く言った。

 その時、後ろの扉が勢いよく開け放たれる。

「ただいま、今日は大漁だったんで、何匹かは売ってしまったぞ……っとお客さんか、すまないね」

 そこに居たのは、魚の尾が飛び出たバケツを持った、中年の男性だった。

「あらサイガ、丁度良かったわ。この子たち、うちで働くことになったわぁ!」

 おばちゃんは笑いながら立ち上がり、俺とルーキの肩に手を置く。

「俺は正也、そんでこいつはルーキだ。色々とわからないことがあって迷惑かけるかもしれないけど、よろしく頼むよ」

 俺は静かにそう言って、ぺこりとお辞儀をした。

 するとサイガさんが大きな声で笑った。

「おう、これから一緒に頑張るんだ、堅苦しいことは無しにして、気軽におっちゃんと呼んでくれよ!」

 サイガさん元い、おっちゃんはそう言って机の上にバケツを置いた。

 するとその勢いで魚が一匹飛び出し、机の上を元気に跳ね回った。

 その魚をルーキがわし掴みにして、バケツの中へと戻した。

「よっと、それじゃあおっちゃん、最初の仕事は何だ?」

 ルーキは手をパンパンとはたきながら、にたりと笑って質問する。

「とりあえずは小手調べ、明日早朝から出るぞ」

 おっちゃんは不敵な声で言い、どこか嬉しそうに笑った。

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