「利害は一致した、なので頑張ろうか」
「……おい、もう昼間だぞ。そろそろ起きろ」
ルーキの少し怒りを感じさせる、低い声に俺は目覚める。
目を開いた瞬間に飛び込んできたのは、ルーキの不満そうな顔だった。
眠気で頭が働かなかった俺は、ゆっくりとその状態を理解していく。
確か俺はベッドの上で、ルーキがその横で寝てて……
「……うわぁあ! ルーキ、何でここに!?」
俺は飛び起きると同時にバランスを崩し、ベッドから転げ落ちる。
そして後頭部を打ち、身体を丸めながら、もがき苦しむ。
そんな俺を、ベッドから冷たい目で見下ろすルーキ。
「全く、男とあろう者が、何をそんなに焦っているのだ……我は昨日から何も食べていないのだ、かといってまだ昼飯の時間ではない」
ルーキは立ち上がると、ため息を溢す。
それと同時に、ルーキの腹がぐるぐると鳴き声をあげる。
するとルーキは目を細めて、むっと口を尖らせる。
俺は時計を見て、宿で出される昼飯が三十分後なのを確認する。
「……そうだな、じゃあ適当に外を回ってみるか。何か手頃なのがあれば、買うとしようかね」
俺は立ち上がり、ドロシーから渡された袋を手に持って、ゆっくりと歩き出した。
「人間の食べ物、どのようなものか……楽しみだ」
ルーキはぼそりと呟き、クスクスと笑っていた。
街を歩いていくと、数々の店が並んでいた。
日常使う道具や武器、もちろん食べ物も置いてあった。
それ一つ一つに目を輝かせ、きょろきょろと忙しなく視線を動かすルーキ。
「……おい正也、どこに芋けんぴはどこにあるのだ!?」
ルーキが俺の袖を引っ張り、興奮した様子で聞いてくる。
だが異世界に芋けんぴがあるわけないだろうと、断定しながら周りを見渡した。
「ていうか、あれは俺の世界のものだからなぁ……流石に無いだろ……」
俺は食べ物のどっさりと置かれている場所から、さつま芋と思われるものを見つけ出す。
そのすぐ側に置かれていた値札には、さつま芋100ドランと書かれていた。
この世界でも共通の名前があるのかと驚きつつ、俺は口を開いた。
「なあ、100ドランってどれぐらいだ?」
そう聞くと、ルーキは首を傾げる。
「我も、人の使う単位に詳しいわけではないからなぁ……確か、大銀貨一枚で、一万ドランだったか……」
ルーキの言葉を聞くと共に、記憶の中を掘り返していく。
確か俺の世界で、祖父が作っていたさつま芋は200円ぐらいだったか。
これだけでは基準にならないと、他のものを探していると、目に飛び込んでくるオレンジ色の細長い物体。
値札には人参と書かれ、100ドランと添えられていた。
他に見渡していくと、既視感のあるものがいくつも見受けられた。
そのどれもが、俺の世界と名前は変わらず、さつま芋や人参で比較した値段は、多少の上下程度に思えた。
つまり食費を考えるなら、大体は元の世界と同じと考えていいようだ。
「おお、それなら芋けんぴ、この世界でも作れるかもしれないぞ。とりあえず、砂糖か代用品になるようなものは……」
俺はぼんやりと考えながら、きょろきょろと食材の中を探していく。
するとそこに、黄色いものが入った瓶があった。
値札に書かれていたのは、蜂蜜の二文字。
「確か、蜂蜜で何とかなったよな……」
そう呟きながら値段を見ると、予想していた数字とかけ離れていた。
「えっと……一万ドラン!? 馬鹿みたいに高いじゃねえか!」
俺がそう叫ぶと同時に、ルーキは他の場所を指差した。
「それだけではない、調味料全般は凄まじい値のものばかりだ」
ルーキの言葉に俺は震えあがり、その指差す方向を見る。
塩は瓶に入って一千ドラン、醤油に至っては五万ドランもする。
しかし砂糖の方は、どこにも見当たらなかった。
「まあ、この世界の価値観はわかったような気がするぜ……」
俺は顔を引きつらせて、ルーキの方を見る。
するとルーキは、何故か随分と興奮しているようだ。
「なあ、一万ドランあれば蜂蜜とやらを買い、さつま芋と合わせて、芋けんぴが作れるのだな?」
ルーキは小さな声で、俺に質問してくる。
俺はその言葉を聞き、少しむっとする。
「……ああ、作れることには作れるだろう。だが今は金があまり無いんだ。ここで無駄遣いするわけにはいかんだろ」
俺が呆れながら言うと、ルーキは軽く頷く。
そしてぐっと拳を握り、俺の顔スレスレで突き上げた。
「そうか……金欠ならば、貯めればいいだけの話ではないか。ドロシーが言っていただろ? 今は基本的に魔物退治が主流の仕事になっているとな。我の真の姿は何だ? 我こそが、紅蓮竜王、ルーキだ! その程度容易いわ!」
自信満々に叫ぶルーキに、周りにいた人は驚いた目を向ける。
俺はその事に気付き、ルーキの口を手で塞いだ。
「……おい、うるせえよ! てかお前が紅蓮竜王だって話、流石にそれが周りにバレるのはまずいだろ!」
俺はルーキの耳元で、必死に説得する。
すると興奮して暴れていたルーキは、ゆっくりと落ち着いていった。
そして俺の手を払い除けると、不敵な笑みを浮かべた。
「……そう、だな。お前のせいだが、精々人間として、もう少し楽しませてもらうとするか」
ルーキはにっこりと、そう言いながら林檎を二つ、左手に持った。
そこから俺の持っていた袋に右手を突っ込むと、大銀貨を一枚掴む。
「じゃあ手始めに、この林檎を貰おうじゃないか」
ルーキはそう言って、店主に銀貨を手渡した。
「……おう、二つで300ドランで、こっちがお釣りの9300ドランだ」
店主は大銀貨をじっと眺めてから頷くと、横にあった小さい箱を漁る。
そして小さい銀貨九枚と、三枚の大きい銅貨を、ルーキの手のひらに乗せた。
ルーキはそれを握り締めて、店主に向かい笑顔を見せる。
「ありがとな!」
そう言う店主に背を向け、ルーキは拳を袋の中に入れる。
ごそごそと動かした後すっぽりと手を抜いて、両手に林檎を持つ。
「さて、帰るぞ。もうそろそろ昼飯の時間だ。この林檎は食後のデザートにしよう」
ルーキはそう言って、すたすたと大通りを歩いていく。
「……ああ、もうそんな時間か。待ってくれよ」
俺はルーキの後を追いながら、袋をしっかりと握った。
「お帰りなさーい! 丁度お昼ご飯ができたところよぉ!」
宿に帰り、食堂に入ると、宿主のおばちゃんが机の上に食器を並べていた。
「ただいま、もう腹が減って仕方ないんだ」
ルーキはそう言いながら、椅子に座って机の上を覗き込む。
するとむっとした顔になって、ため息を吐く。
「なんだ、これは……」
ルーキは渋そうな顔で、皿の上に乗っていた焼き魚の一匹を手掴みする。
そして臭いを嗅いで、むっと鼻を摘まんだ。
「どうしたルーキ、魚は苦手か?」
俺がそう聞くと、ルーキはふるふると首を縦に振った。
「うむぅ……青臭い香りで、魚はあまり好かんのだ……」
ルーキは不満をため息で吐き出し、魚の全体を見回す。
「頂きます、っと! そんな好き嫌いしちゃ、大きくなれないぞ? それに、魚はむしろ旨いだろ……」
俺はそう言って、フォークで魚をほぐしていく。
そしてその破片を突き刺すと、口の中へと放り込んだ。
すると旨味が舌へと広がり、苦味がそれを引き立てていく。
ルーキは俺の味わう顔を見て、むっとした顔の闇をより深めていく。
「我の姿は、大体お前のせいだろうが……まあいい、苦手だろうと、腹の足しにはなるからな」
そう呟いたルーキは手に持った魚へ、そのままかぶり付いた。
その瞬間、ルーキは目を見開いて、魚とおばちゃんの顔をちらちらと見る。
そして何度も口を動かして、ごくりと飲み込んだ。
「……あれ、おいしい?」
ルーキはそう呟いて、丸い目を瞬く瞬かせる。
するとおばちゃんは、にこにこと笑った。
「ええ、そりゃおばちゃんの料理よ? 調味料は使ってないけど、美味しいに決まってるじゃないの!」
おばちゃんは自信満々に言い、嬉しそうにウインクをする。
ルーキはそれを見て、どんどん笑顔になっていく。
「うん、おいしいよ!」
ルーキはそう言って、がつがつと魚にかじり付いていく。
そしてもごもごと咀嚼し、飲み込んで満面の笑みを見せる。
「そう言ってもらえて、嬉しいわぁ……あっ、そういえば、ルーキちゃんにプレゼントがあるんだった……」
おばちゃんはそう言って後ろの棚を漁り、そこから赤い服を取り出す。
「そんな格好じゃあ、困ることも出てくるでしょ? これ、娘のお下がりになるけど、よかったら……」
おばちゃんにそう言われて、俺ははっとしてルーキの格好を見る。
するとルーキはじょじょに頬を赤くして、顔を伏せてしまった。
「うう、ありがとうな……」
ルーキは恥ずかしそうに、だけれど少し嬉しそうに、ぼそりと呟いた。
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