「ロリが戦うんだから、雑魚戦ぐらい何とかしたい」

 あれから六時間程が経過した。

 俺達は一先ず街へ行くことにし、岩場を抜けて森の中に突入していた。

 夜は更けて、月明かりの中で、虫の鳴き声が響いていた。

「この道を歩いて行けば、五時間程度で街まで着くだろう……」

 ルーキはそう言って、眠そうな目を擦る。

 俺は威厳を感じさせないそんな少女に呆れて、ため息を吐いた。

「思ったより遠いもんだなぁ。この調子で行けば、夜が明けるんじゃないか?」

 俺がそう言ってみると、ルーキはこくりこくりと首を振る。

 そしてふらふらと、その場に座り込んでしまった。

「ったく、紅蓮竜王だか格好つけて言ってたのが信じられないなぁ……ほら、おんぶしてやるから掴まれよ」

 俺はルーキの前でしゃがみこみ、顔を後ろへ向けて呼び掛ける。

 するとルーキは俺の背中へと歩み寄り、ぎゅっと抱き着いてきた。

「……そういうお前は、どうなんだ? 我ですら眠気に襲われているというのに、ただの人間が耐えられるものなのか?」

 ルーキはとろんとした目で、不満そうに呟く。

 言われてみると、確かに眠たくないように思う。

 生き返った直後だから、そう感じるのかもしれない。

 俺がそう考えていると、目の前の草むらがガサガサと揺れはじめる。

「……何だ……?」

 ルーキはうつらうつら呟き、唸るように息を吐き出す。

 するとそこから、ぷるんとしたゼリーのようなものが飛び出してくる。

 それは半透明な水色の身体を揺らして、白く浮かび上がった目でぎょろりとこちらを見て、口を歪める。

「ピギィィィ!」

 そんな奇声をあげながら、そいつはこちらへと跳ねてくる。

 速度としてはそんなに早くないが、距離を考えるとすぐにここへ辿り着くだろう。

「こいつはスライム……っ面倒な奴が……」

 ルーキが俺の背中から離れてそう呟いた。

 そしてルーキは唸り声をあげながら袖を捲って、一歩踏み出した。

 するとその背中から翼が生え、異形の姿へと変貌する。

「この魔物は核を狙わなければ……増殖する!」

 ルーキはそう言いながら、鋭い爪でスライムの身体を薙ぐ。

 ぶるんと宙を舞い、スライムの身体が真っ二つに千切れる。

 それは地面へ落ちると、びくりと震えた。

 そこからブルブルと震えはじめ、二つの塊は少しずつ膨らみはじめる。

「くっ、核を潰せなかったか……このような姿にさせられてから、身体が上手く動かない……」

 そう悔しそうに言い、ルーキは膝を突く。

 すると翼が萎れるように、折り畳まれて消えていく。

 そして元の少女の姿に戻りながら、バタリと倒れ込んでしまった。

「おい、ルーキ! っくそが!」

 俺はそう叫びながら、近くに落ちていた木の棒を掴む。

 それと同時に、スライムは元の大きさへと戻った。

 白い目をルーキへと向け、再び動き始める。

「……核っつったって、どこにあるんだよ?」

 俺は不満と不安を募らせて愚痴りながら、スライムの身体をじっと見る。

 すると望遠鏡を覗き込むように、ぐんと視野が狭まっていく。

 その青い視界の中に、一ヶ所だけ向こうを映さない、濃い赤の部分があった。

「……っここか!」

 俺はルーキに近い方のスライムへ目掛けて、木の棒で突きを放つ。

 それはスライムの身体へズブズブと食い込んでいき、赤の中へと潜っていった。

 そして砕けるように分かれると、スライムはどろりと溶けていった。

「よし、上手くいった! とりあえず一匹だ!」

 俺がそう叫びながら振り向くと、もう一匹のスライムが俺に向かい飛び掛かってきた。

 それに反応できなかった俺は、咄嗟に拳で殴りかかってしまった。

 その瞬間、辺りに響いたのは油の弾けるような音だった。

「痛っ! なんだよこれ!」

 拳に走る焼けるような痛みに、スライムを勢いよく振り払う。

 するとスライムは地面に落ちて、べちゃりと地面に広がる。

 そこから勢いよく、地面を転がっていく。

「ピキィッ!」

 スライムは叫び声をあげて、木にぶち当たった。

 そしてぴたりと止まったと思うと、身体をよじらせてこちらに目を向ける。

 その目は血走り、怒りを表情に滲ませていた。

 怒りをぶつけるかのように跳ね上がると、木にべちゃりと張り付く。

「ギギギャァ!」

 奇声があがると同時に、スライムは身体を元の形に戻す。

 するとその反動で、こちらへ向かい勢いよく飛んでくる。

 銃弾のように勢いを付けたスライムは、俺の腹を突き刺さすように叩き込まれた。

 鋭い痛みが走るとともに、じわじわと身を焼くような激痛が襲い掛かってくる。

「くっかぁ……」

 俺は後ろへと倒れ、後頭部を勢いよく打った。

 追撃の頭痛に、意識が一瞬遠退いていく。

 スライムはそんな俺の顔を見下して、ニタニタと笑っていた。

「――ロイヤルブレード!」

 女の子の声と共に、俺の目の前が閃光に白く染まる。

 その光に俺は、思わず目を閉じてしまう。

 そして胸元の重みが一瞬で消え去る。

「大丈夫ですか!?」

 俺がその声に目を開けてみると、月光に輝く金色の髪をした少女が立っていた。

 見たところ年齢は、俺とあまり変わらないだろうか。

 そんな少女は全身を重そうな金色の鎧で包み、少し動くだけでもカチャカチャと音が鳴らした。

「俺は、大丈夫だ。だが、ルーキが……」

 記憶がはっきりすると共に、俺は身体を一気に起こす。

 そしてルーキの元へと駆け寄った。

 するとルーキは、すうすうと寝息を立てていた。

 俺は安心して、酸素を一気に吸い込んだ。

「ああ、ただ眠っているだけだったか。良かった……」

 俺はため息を溢しながら、その寝顔をすっと撫でる。

 そしてルーキの手を引いて、肩へと回す。

 そこからぐっと担ぎ上げて、揺らしながら位置を整えた。

 巨大な竜だったとは思えないほどの軽さに、少し驚きを感じた。

「そうでしたか。安心しました」

 鎧の少女はふっと息を吐いて、剣をくるりと回して鞘へと納めた。

「私はドロシー・スカーレットと申します。この辺りでスライムが暴れているということで、退治するために王国から来ました」

 少女がそう名乗ると、背中でルーキがごそごそと動く。

 そして欠伸をすると、うっすらと開けた目でドロシーを見る。

「うぅん、スカーレットと言うと、あの魔物退治専門の名家だったか。助かったぞ……」

 ルーキは眠そうな声で、そう呟いた。

 するとドロシーは、笑顔を向けて口を開いた。

「はい、世間ではそう言われていますね。ところでお二人は、こんな時間に何を? 木の棒だけでスライムに太刀打ちしていたようですが……」

 ドロシーは不思議そうに目を見開き、首を傾げる。

 だが唐突な質問に、俺は口ごもってしまう。

 別の世界からやって来たなんて言ったところで、信じてはもらえないだろう。

「我はルーキ、こいつは正也だ。少し訳あって、二人で旅をしている。街へ向かっていているところで、少し迷ってしまってな……」

 困惑している俺を見かねてか、ルーキが口を開き、そう解答をする。

 俺はその内容に思わず文句を言いそうになるが、不審がられると思い、ぐっと抑える。

「……なるほど、そうでしたか! それでは、この近くに街がありますので、そこまで案内しますよ!」

 ドロシーが楽しそうに言って、手招きをする。

「……はい、ありがとうございます」

 色々なことがありすぎた、俺はパンクしかけの頭で、そうお礼だけ言った。

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