「復活転移した、ただし座標は悲惨」
全身が軋むような鈍い痛みに、もはや感覚すら死んだ。
ふわふわと浮かぶ意識の中で、記憶をゆっくりと辿っていく。
俺は展望台から落ちそうになっていた少女の手を掴み、引き上げようとしたんだったか。
それでバランスを崩して、最後には……
そこまでが残っていた記憶だった。
ぼやけた意識が焦点を合わせるように一つになり、俺を目覚めさせる。
感覚だけじゃない、俺は本当に死んでしまっているんだ。
「本当にごめんなさい、私を庇ってくれてありがとねっ! 名前は知ってるよ、正也君!」
そんな、元気に言う女の子の声が聞こえる。
先程まで聞いていたのと同じ、少女の声。
目を開くと真っ暗な空間、どこまで広がっているかすらもわからない場所に俺は寝ていた。
そして俺の横に立っていたのは、桃色の髪をした少女だった。
「いやぁ、まさか人間に化けてたらあんなことになっちゃうなんてなぁー……そのせいで、よりによって管轄外の人間を殺しちゃうなんて……はあ」
少女は白いドレスを揺らしながら、桃色の髪をくるくると指で巻いて、口をつんと尖らせる。
そのため息に、俺は自分の身に起きたことをゆっくりと理解していく。
落胆するような、絶望とは違う空っぽの感覚に襲われる。
「殺してしまった……そうか、俺は本当に死んでしまったのか」
そう呟いて、漆黒の空を見上げる。
納得したわけではない、だが現状を照らし合わせてみるとそうなるだろう。
これは最後の意識が見せた幻覚なのか、はたまた夢のような現実なのか。
たった十八年、短い人生だったが、最後に誰かを救えたのなら……
空虚になった心から、希望を絞り出してため息を吐いた。
「ねえ、良ければだけど、もう一度人生をやり直して、甦ってみない? それも、チート能力を持って……ね?」
少女はぼーっとしている俺の顔を覗き込んで、少し妖しい表情を見せる。
「……どういうことだ?」
俺は呆然と口を開けて、少女に質問する。
すると少女は指で唇をなぞりながら、左腕を横にピンと張る。
その瞬間、少女の背中から純白の翼が生えてくる。
羽根がふわふわと舞い、俺の頬を撫でる。
俺は口を開いて、その光景に目を奪われていた。
「失態で誰かを殺しちゃったなら、それなりの償いをしないとね。仮にも私は神だから、多少は何とかできるのよ? まあ、私の担当している世界での話になるんだけど」
そう淡々と言ってこつこつと歩き、指先で空を引き裂いた。
そこには真っ白な光の射し込む穴が出来上がった。
「ここを通れば私の創った世界、くぐった時点で能力が与えられるわ。たった一つだけど、願いが叶う力よ。上手く使うといいわ。どう、復活する?」
少女はそう言って、白いゲートの横へと立った。
そしてにっこりと笑い、俺の様子を窺っているようだった。
「そんなの決まっている。まだ人生は長かったはずなんだ。未練は思い当たらないけど、生き返れるのならば、それを選ぶさ」
俺は立ち上がり、ゲートの前へと歩み出ると、少女の顔を見る。
「……ところで、名前は何ていうんだ」
俺がそう聞くと、少女は目を反らす。
そこから悲しそうな顔へと変わっていくと、ため息を吐いた。
「ケオリアよ、この世界の最高神、覚えておいてね!」
そう呟いて、俺の背中を押した。
少女のものとは思えない力に、俺はバランスを崩して穴へと前のめりに倒れ込んでいく。
視界が光に包まれた直後に暗転、意識はその闇に飲み込まれた。
気が付くと俺は、何やら岩に囲まれた荒野に居た。
「……っと、ここは一体どこだ?」
俺は立ち上がりながら独り言を呟き、周りをきょろきょろと見渡した。
しんと静まり返ったその場所に、俺の唾を飲み込む音が響く。
すると俺に覆い被さるように、巨大影が広がっていく。
そちらを見てみると、深紅の竜が俺を睨み付けていた。
「貴様は誰だ? 我の棲家へと侵入しようなどと不届きな……それにその不審な姿……」
竜は爪を地面へと食い込ませながら、低い声で唸った。
明らかな敵意を見せるその龍に、血の気が引いていくのを感じる。
竜が存在するという現実は、自分が生き返ったということで、多少は耐えることができた。
しかし問題はこんな場所に置き去りにされ、そして現れた竜が敵意を向けてきていることだ。
「えっ、どういうことだよ!? 何でこんな危険なところに出てきたんだよ!」
俺はそう叫びながら、姿の見えない少女へと回答を求める。
しかし答えが返ってくることはなく、竜の唸り声が響くのみだった。
「ここが我の棲家であること、そして棲家を侵すとは死あるのみだと、老若男女問わず当然の知識であったはずだ……」
竜は牙を剥き、その隙間から蒸気を噴き出す。
一触即発、少しでも一線を越えれば確実に殺られると確信する。
「俺はただ、ここに召喚されただけなんです……この不審な姿がその証明です!」
俺が咄嗟に説得しようとすると、竜は目をより一層鋭くしていく。
そして竜は一歩踏み出して、地面を揺らした。
「この期に及んでまだ言い訳をするのか……ならば、問答無用だ!」
竜は首を振り、こちらへと口を開いた。
そこから炎が吹き出し、俺へ目掛けて直進してくる。
「ちょっ、やめっ……!」
俺は横に倒れてそれを紙一重でかわすと、岩の陰に転がり込む。
しかし炎は止まず、俺の隠れている岩を炙っていく。
激しい熱風が肌を焼き、汗を滴らせていく。
危機に直面した俺の思考は加速し、オーバーヒートを起こそうとする。
「こんな、どうしろってんだよ……」
突破口を考えるが、既に話し合いをできるような状態ではない。
岩陰から出れば、一瞬で消し炭になるだろう。
俺が無意識にズボンのポケットへ手を入れると、何かが指先に当たった。
それに賭けて一気に引き抜いてみると、ビニールが擦れる音が響く。
手に乗った袋に書かれていたのは、芋けんぴの大きな文字だった。
そのどうしようもなさに、変な笑いすら込み上げてくる。
そして大きなため息を一つ吐く。
この竜を倒すことができれば、ここから移動して、何とか生きていけるかもしれないのに。
そうじゃなくても、せめて逃げられるほどに弱体化してくれれば……
俺がそうぼんやり考えていると、炎が止んでいった。
その隙を窺って岩陰から顔を覗かせると、そこに竜は居なかった。
直後に俺の後頭部へと強風が吹き付けてくる。
俺が振り向くと、空中から竜がこちらへ目掛けて爪を振り下ろしてきているところだった。
復活したというのに、まさかここまで早く終わりが来るなんて、思ってもいなかった。
爪が俺の脳天へと触れる瞬間、光が視界を包み込んだ……
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