ロリチート!

もやし騎士ヴェーゼ

「思い出は絶望を呼び起こし、後悔は希望を動かした」

 俺は山の中の、ひび割れたコンクリートの道を、先へ先へと進んでいた。

「まさかここまでになっているとはな……」

 そう呆れながらに言い、ため息を吐く。

 前に来た時には、しっかりと整備されていたんだが。

 道を遮るように伸びる枝を、手で押し退ける。

 パキパキと小気味のいい音が鳴り、木の葉はざわめく。

 すると目の前が開けて、そこには古びた展望台があった。

 鉄製の柵は赤錆て、所々穴が空いていた。

 その先は崖になっており、下には森が広がっている。

「やっと着いたな、久遠。丁度五年ぶり、そんで今日は見事な晴れ模様だぞ?」

 俺は横を向いて、何もない空間に話しかける。

 勿論、返事は返ってこない。

 ため息を一つ吐いて、 背中の大きなリュックサックを地面へ下ろす。

 そしてリュックサックの中を漁り、小さな袋を二つ取り出す。

「お前が大好きだった芋けんぴ、何なら手作りしたかったんだが、生憎時間がなくてなぁ……」

 俺はそう呟きながら、柵の比較的綺麗な部分へ立て掛ける。

 もう一つは自分の、ポケットの中へと押し込む。

「これだけ晴れてりゃ、あの日見れなかった星、きっと見れるよな?」

 俺が涙をぐっと堪えていると、後ろから足音が聞こえてくる。

 そちらへ顔を向けると、先程通ってきた道から人影が現れる。

 小柄な身体、パーカーにフードを被って、赤いスカートを揺らしていた。

「よっと、到着……おや、先客がいたか」

 その少女は光る目をフードから覗かせて、展望台を窺う。

 そしてパタパタと軽快に進んで、俺の横へと来る。

「立ち入り禁止のはずなのに、こんな所に居るとは。目的は同じく……流星群かな?」

 少女は覗いた口で、にやりと笑った。

「……まあな」

 俺がぼそりと言うと、少女は少し首を傾げる。

「しっかし、他を当たればいいのに、わざわざこの展望台を選ぶなんてね。危ないよ?」

 少女は優しく可愛らしい声でそう言って、クスクスと笑う。

「……そう言うお前も、この展望台を選んでるじゃないか」

 俺は落ち込んでいたところに横槍を入れられて、機嫌を損ねながらに言う。

 すると少女は口を尖らせて、むっと唸る。

「ごめんごめん、そんな怒らないでよ……」

 少女は少し落ち着いた声で、申し訳なさそうに言う。

「いや、怒ってるわけじゃない。気にするな」

 相変わらず低い声でそう言うと、リュックサックに差してあったペットボトルを取る。

 そして蓋を手早く外して、その中のお茶を飲む。

 ここまで登ってきて乾いていた喉に、じわりと染み渡っていく。

 口を手首で拭うと、少女を見る。

 少女はその場でくるくると回りながら、鼻歌を鳴らしている。

「おいおい、そんな動くと落ちるぞ」

 俺はそう言い、少女の腕を掴む。

 それと同時に、嫌な思い出が蘇ってくる。

 じめっと湿気た土の香り、赤い血。

 妹の荒い息、少しずつ弱まっていく心音。

「……ったく。俺は何を思い出してるんだか」

 気持ちの悪い吐き気を喉奥で押し止め、歯を噛み締める。

 そして頭を押さえて、空を見上げる。

 青い空に、木々の香りが、不快な感覚を掻き消していってくれる。

「……大丈夫?」

 少女は俺の顔を眺めて、不安そうに聞いてくる。

 透き通った瞳は、俺の胸を突き刺してきた。

 妹を思い出す、そんな瞳だった。

「ああ、大丈夫だ。これぐらい、もう慣れてるさ」

 俺はそう言って、頭をガシガシと掻いてから、少し微笑んで見せる。

 すると少女は安心したように、にこりと笑った。

「そう、そうだったの。なら良かった……」

 少女はそう言って、ゆっくり歩いて柵の向こうを見る。

 ぼんやりと、どこか遠くを見るように。


 するとその時、少女のもたれ掛かった柵が、根元からバキリとへし折れる。

 少女は傾いていく柵と共に、谷へと倒れ込んでいく。

「……えっ?」

 少女は状況を理解できない様子で、呆気に取られている。

「っくそが!」

 俺は残った柵を握り、少女へと手を伸ばす。

 身体が勝手に動いた、そう言ってもおかしくない早さだった。

 そしてその腕を、ギリギリで掴んだ。

「なんで、こんな無茶を……?」

 少女は俺の腕を掴み返して、不思議そうにそう呟く。

 確かに俺は膝先まで崖から突き出して、ほとんど柵を掴んだ腕だけで支えられている状態だった。

「……はあ、くっ……やらせねぇ、もう二度と死なせるもんか!」

 俺は荒れた息でそう言って、腕にぐっと力を込める。

 そしてゆっくりと、少女を引き上げていく。

「ほら、もう少しだ。頑張って耐えろ……」

 俺は震えを必死で抑えながら、少女にそう呼び掛ける。

 少女もそれに頷いて、俺の腕にぐっと力を入れてくる。

 しかし俺の握っていた柵から、ミシリと奇妙な音が聞こえてくる。

 寒気が背中に走る、視界が歪んでいく。

 だがそれでも、気を必死に保ち、歯を食い縛る。

 そして何とか、少女の手を崖の端に掛けさせることに成功する。

「っ……ほら、しっかり掴まってろ。すぐに引き上げて……」

 そう言ってもう片手を引き上げようとした時、柵の軋みが激しくなる。

 その音へ目を向けた時、無情にも柵はバキリと折れる。

 肩透かしを食らったかのように前のめりになり、爪先はすぐに崖からずり落ちていってしまう。

「……くそがぁああ!」

 俺は咄嗟に叫びながら、力任せに少女の腕を振り上げる。

 そして少女の上半身が崖に掛かったのを見ると、身体の力ががくりと抜けていく。

 もう手遅れ、腕も足も、どこにも届かない。

 呆れて、馬鹿馬鹿しくて、思わず笑ってしまう。

 妹のように、死なせたくなかった。

 だからって代わりに、自分が死んでしまったら意味が無いじゃないか。

 だが、それで満足だ。

 速度は削ぐように、俺の意識を奪い去っていく。

 それに従うように目を閉じ、ため息を吐く。

 一発の衝撃に、走る激痛。

 そして一瞬で消える。

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