第4話 処刑の朝

 白の女王の城下街ルーサーの大通りは、未だ朝靄の残る早朝だというのに人集りが出来ていた。「昨日、黒の女王が側近の裏切りによって捕縛された。ルーサー革命軍の勝利である。」との報が早馬によって飛び駆ったためである。報せの通り縄に縛られた黒の女王が引き摺られるようにして連行されている。

 一行が城へ着くと宰相の進言により処刑は白の女王の帰還を待って明日ということになった。しかし、城門の前で民衆達が騒ぎ続けており収拾がつかない。そこで城兵が勝手に黒の女王をギロチンにかけて城門の前に放り出した。

「処刑までは殺すなよ」

 歓声があがる。初めのうち、民衆は遠巻きに眺めていただけであったが、やがて、一人の男が近付いてきて、黒の女王の頬を思いきり殴りつけた。それを皮切りにして黒の女王を民衆が取り囲んで罵詈雑言を浴びせる。そんな中、ひとりが「殺さなきゃ、なにしても良いんだよな?」と呟いた。すると、若い男がひとり黒の女王の背後に回り、ズボンと下着を剥ぎとった。そこから日が暮れるまで、黒の女王への暴力は続いた。

「これが王族が生まれてくる王族マ○コか。別に俺等と違いはねぇな。だってェのに、テメェだけ良い暮らししやがってよ!!オラァ!!お、この歳で生娘だったのかよ。王族マ○コのクチ開けなんてチ○ポ冥利につきるねぇ。どうせ明日死ぬんだし中に出して良いよな?」

「あんたのせいでッ!!あんたのせいでッ!!あの人はッ!!」

「おうおう、顔に小便ぶっかけられても、まだそんな眼できるのかよ。今度はウンコでも食ってみるか。おいッ!!」


 処刑の朝。空が白みはじめた頃。街の広場に設置されたギロチンの元にひとりの男が水を汲んだ手桶とワインを持って現れた。かつての女王は、その美しかった金髪は毟られ,ところどころ地肌が見えており、股からは糞尿なのか血なのか判別は出来ないが赤黒いものを垂れ流し、誰もが魅了される白い肌は腫れ内出血を起こして青黒く染まっていた。彼女のせいで(少なくとも彼等はそう思っている)貧困に喘ぐ民衆が、彼女へ暴力を加え続けたためだ。その男────宰相の鉄猫───は彼女の背中に手を当て、息がまだあることを確認した。

「鉄猫か……」

 ほとんどヒューユーと空気が抜けるだけのような声、乾ききった喉からやっと絞り出したような声で、彼女は、そう言った。

「そうです」

 手桶から水をひとすくい手にとり彼女の口に運びながら答える。はじめのひとすくいは軽く口を濯いでぺっと吐きだす。鉄猫がもうひとすくい彼女の口に運ぶとゴクリゴクリと喉を鳴らして飲みはじめた。 無理な姿勢で飲んでいるのでゴクリゴクリと喉から無理な音が聞こえる。

「笑いに……来たのか?」

 先程よりは幾分鮮明な声で彼女は問う。

「いいえ」

 鉄猫はそう答えながら手桶で手拭いを濡らし、彼女の血と汚物に汚れた身体をゆっくりと拭きはじめた。傷に沁るようで時々「うっ」と声を漏らす。10分ばかり丁寧に彼女の身体を拭き、異臭を放つ汚物を掃除し一通り綺麗になった頃、手拭いを濯ぐ鉄猫に向けて、淡々と尋ねる。

「女とは、こうしていじめられるものなのだな……なぜ、裏切った……」

「あなたが、あの異邦人の死体の前で"王"ではなく"人"としての判断をくだそうとしたからです。民をオーガと呼び誅戮しようとした。あなたは、どんな時でも、王としての判断を下してきた。どこまでも合理的に、どこまでも厳格な判断を下したきた。そんな、あなたを尊敬していた。そんなあなたが好きだった。しかし、あの時、あなたは間違えた。本来のあなたなら、自らこの選択をしたはずだった……」

「流れる血が……もっとも少い結末……か?バカな……余が死んでマーキュリーが政権を握ったあと。何百倍も何千倍もの血が流れるぞ……これは最悪の結末だ……」

「ふふ……そうですね。おそらく、そうなるでしょう。"あなたならこの選択をしたはずだ"は、自分の行為を正当化するための正義に過ぎません。本当は単なる嫉妬だった。」

 そう言いながら、鉄猫はギロチンの刃を支えるロープの根本に火のついたロウソクを仕掛け、自らは毒をあおる。

「あなたの死ぬところは誰にも見せません。あなたは誇り高く死ぬべきだ」

 翌朝、死刑執行の時、宰相の服毒死体とギロチンが既に落ちて首の落ちた黒の女王が見付かる。この凄惨な革命は、奇しくも、身元不明であるタクヤを除けば女王と側近一名の二名のみの血で済んだ、ほぼ無血革命であった。事実、無血革命として歴史書には残ることになる。

 そして、白の女王が政権を動かし始めた。民衆が望んだ女王であり民衆が望んだ仁君であったが、民衆に配慮した政治は、一方においては善政であっても他方については不平等に映る。半年の後、黒の女王と宰相が予測した通りの未来が訪れた。民衆には黒の女王を打ち倒した不当な自信もあったのだろう。民衆は不平等を理由に暴動を起こし略奪と破壊の限りを尽し、おこがましくもそれを革命と呼んだ。歴史書は「仁君が統一政権を手に入れた途端に暴君になった」とし、民衆の正義が勝利した革命、これを「8月革命」と呼んだ。こうして女王国の王政は崩壊し、元の王族達は近隣の島へ逃れた。この中に白の女王の姿はなかった。一方、新しい女王国は「民衆の民衆による民衆のための政治」と称した衆愚政治をしいて10年も経たたないうちに国力を食い潰した。そして、紫国に併合され、実質植民地のような扱いを受けることになるのだが、それはまた別の話。

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