第5話エピローグ


 灰原タクヤが行方不明になってから半年ばかりたったある日、あのバーで白井と黒田が飲んでいた。白井はギネスの1パイントを黒田はマティーニを。席についてはじめのオーダー以降、二人は声をひとつも発さず、自分のグラスの中を眺めているだけだった。グラスの半分以上残っていたギネスを一息に飮み欲して意を決っしたように白井が黒田を見詰めて問いかける。

「本当に行ってしまうのか?」

「ああ、もう疲れてしまったし……会社は私の必要なステージじゃないんだなって分かったから」

 黒田は会社に置いてあった少い私物を飾り気のない紙袋に入れて足元に置いていた。黒田は端的に言うと失脚したのだ。灰原が抜けてしまった穴を塞ぐために、自身も身を粉にして、そしてチームメンバーの尻も叩いて、なんとか予算を達成しようとしていた。しかし、無理の続いたチームから反感を買い、経営陣への告発が相次いだ。社内には黒田のあらぬ噂が飛び交い、ついには、共に会社を育ててきた経営陣にすら黒田の味方は誰も居なくなった。その状況を黒田は言葉を選びながらも、可能な限り誠実に答えたつもりだった。白井は涙を浮かべながらも精一杯の笑顔を作って、こう言った。

「そうじゃないでしょう?素直になりなよ。黒田ちゃんは会社を見捨てたんだよ。黒田ちゃんの力はこれからも会社に必要だったのに見捨てたんだよ。みんなが自分のことばかりで会社のことを考えなくなって、ベンチャーじゃなくて会社になっちゃったから、つまらなくなったから、会社を見捨てた。その部分だけは誤魔化しちゃダメだよ」

「そう……なのかも知れない」

「で、次はどうするの?」

「ストックオプションも処分して、手元にある程度残ったから……しばらく休んだら、起業するか、どこかのスタートアップに資金ごと持ち込んで、どベンチャーするかな?」

「で、また会社に人が増えたら、辞めるの?」

「どうだろう?今度は前ばっかり見てないで、ちゃんと味方を作るよ」

「ははは、それだと、また一緒だよ。敵は正面から撃ってくる者のこと、味方は背後から撃ってくる者のことをいうんだ。味方を作ったら、また背中から撃たれるだけだよ」

「じゃあ、今度も味方に背中を撃たれてやることにするよ。他の生き方知らないから。白井も気をつけるんだぞ。和を尊ぶのは良いことだが、規律と推進力が無ければ人は緩やかに腐敗するだけだから」

「分かってるって〜。多分、近いうちにそうなるから、そうなったらわたしも会社を見捨てて外に飛び出して黒田ちゃんとまた仕事する。じゃあ、この話終わりッ。恋バナでもしようよ〜」

 こうして、二人が酔い潰れて眠ってしまうまで夜は更けていった。

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