カガミサマ
しんせん
カガミサマ
「ねぇ、カガミサマって知ってる?」
休日に何も予定が無く暇を持て余していたナツミは街をぶらついていたところ、高校時代の友人であるアキと出会った。
アキに誘われ手近な喫茶店へ入り、近況報告を交えてのトークを楽しんでいたところ、ナツミの話を遮るようにして彼女が話し始めた。
「ん……いや、アタシは知らない、何?」
「あのね、これは先輩の友達の友達に聞いた話なんだけど……」
自分の話を邪魔されたようで内心ムッとしたものの耳慣れない単語とアキの真剣な表情に興味が湧いたので、ナツミは黙ってそれを聞くことにした。
「午前二時に姿見の前に立ってね、『カガミサマ、カガミサマ、お越しください』って唱えるの。そうしたら鏡の中からカガミサマが出てきてね、鏡の中に引きずり込まれちゃうの!」
大げさなアクションを交えながらアキが話を続ける。
「それでね、呼び出した人はカガミサマと入れ替わっちゃうんだって。カガミサマはそうやって仲間をどんどん増やすのが目的……らしいよ?」
「へぇ~、そうなんだ……はは」
なんだ、その手の話だったか、とナツミは落胆した。
そんな話だったらネットにはいくらでもあるし、ナツミもチラっと目にしたことがある。あまり好きでないタイプの話だったのでまじまじと読むことはなかったが、ともかく『よく聞く類の話』だ。
退屈な話にがっかりしているナツミの内を知ってか知らずかアキはなおもその話題を続けた。
「それとね、カガミサマはこの話を聞いた人のところにしか出てこれないんだってさ」
「あ、うん、もうわかったよ」
今度はナツミがアキの話を腰を折る。
「それでさ、その……聞いたら来るカガミサマ、だっけか。なんでアタシにその話をしたのさ」
「聞いたら呼ぶことができる、だよ」
「いや、どっちでもいいんだけど」
「ナツミさ、カガミサマの儀式やってみてよ」
「はぁ!?」
アキからの突然の提案にナツミは驚く。思った以上に大きな声が出てしまい、周囲の視線が彼女たちに集まる。恥ずかしくなりナツミは顔を少し伏せる。
「なんでアタシが……言い出しっぺがやりなよ!」
「嫌だよ、怖いもの」
「アタシだって嫌だよ、怖くはないけど……気味悪いじゃん」
「今度、ご飯奢るからさー、お願いお願い!」
こんなにあつかましい子だったっけ、とアキに対して少し不信感を覚えたものの、同時に社会人になって図太くなったのだろうと自分を納得させた。
「それじゃ考えておいてねナツミ。アキはもう行くから。じゃあね~」
「え……ちょっと待ってよアキ!」
ナツミの静止も聞かずに、伝票をひらひらさせながらアキは店を出て行ってしまった。
「もう……何なのあの子」
――――
「嘘っ」
ナツミが素っ頓狂な声を上げる。
アパートに帰ってそのままソファで横になってスマホをいじっていたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
「見たいテレビ、あったんだけどなー」
貴重な休みの日の夜を潰してしまったことと、明日の仕事のことが頭にチラつきため息が出た。
シャワーを浴びて寝直そうと思い、むくりと身体を起こした。ふいに部屋の隅に置かれた姿見が目に入った。
昼間のアキの話を思い出す。
「うーん……ちょっとやってみようかな」
オカルトの類を信じているわけでもない。好きでもない。ただそのときナツミは何故かそれをやってみたいと思っていた。
壁の時計を見た。時刻は午前1時55分。
「よしっ」
姿見を部屋の中央に移動させ、自らもその前に立つ。自分が映る。
「午前二時にカガミサマ、カガミサマ、お越しくださいだったよね」
ナツミは深呼吸をした。怖くない怖くない、と自分に言い聞かせる。壁の時計を見た。
静かな部屋の中でいつも以上に秒針のコチコチという音が響く。何かを待っているかのようにそれは時を刻む。
午前1時57分。ふと――寒気がした。部屋の暖房は入れたままなのだが。
午前1時58分。妙に生臭い匂いがする。ゴミは回収日に出したはずなのだが。
午前1時59分。姿見がぐにゃりと歪んだ……ような気がした。
そして――時計が二時ちょうどを示した。
「カガミサマ、カガミサマ、お越しください」
教えられた通りに唱えた。一秒……二秒……カチコチ……カチコチ……。秒針の音が――響く。
何も起きない。
「カガミサマ? カガミサマー、お越し下さい」
再度呼び掛けて見る。――何も、起きない。
ふぅ、とナツミは息を吐きだす。
「ふ……ふふふ……あははははは!」
安堵と自分がたいへん愉快なことをしていたか、といった気持ちがごちゃ混ぜになってナツミは笑ってしまった。
今度アキにあったら絶対にご飯奢ってもらわなきゃ。そう考える心の余裕も出来た。
ひとしきり笑った後、姿見を見る。笑顔の自分が映る。
ナツミは姿見を片付けようと手を伸ばした。
ぐいっ
「え……」
軽く腕を引っ張られるような奇妙な感覚。ナツミが不思議に思ったその時!
ぐん――と、今度は姿見にぶつけられるような勢いで身体ごと引っ張られた。
「あっ」
瞬間、姿見の自分と目が合う。それは――能面を貼り付けたような無表情な自分のような、何か。
訳が分からないまま、自分が何をされたのか理解するよりも早く……ナツミの身体は姿見の、鏡の中へと吸い込まれていった。
鏡の中は暗闇が広がっていた。ナツミの身体が落ちて、いく。
先が見えない。上下左右もわからず。どこに落ちていっているのか。
ズーーーン、という感覚と共に身体が――落下する。黒い世界をどこまでもどこまでも。
そして落ちるごとにナツミの意識も心も――闇に、飲み込まれて、消えて――
「久しぶりだね、ナツミ。少し雰囲気が変わっていてわからなかったよ」
ナツミが街を歩いていたところ、彼女は高校時代の友人であるエミと出会った。
「エミ、元気?」
「うん、ナツミは?」
「私も元気、せっかくだからどこかで話さない? 私、面白い話を知ってるんだ」
いいよ、とエミが短く答えた。二人で手近な喫茶店に入る。
「話って何?」
注文も済ませずにエミが身を乗り出して話を聞く姿勢に入る。彼女は好奇心が強いし何事もやってみたがる性格をしていた。
話が早くて助かる、とナツミは思った。アレは聞いてやってもらわないと……意味がないのだから。
それでも不信感を与えないよう精一杯真剣な表情を作り、ナツミは話し始めた。
「カガミサマって知ってる?」
カガミサマ しんせん @graystyle79
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