<イベント・ラッシュ・デイズⅥ>~我示すは、冷たい方程式~
少し知恵をつけ自分は一人前だなどと勘違いした子供ほど、他者に頼ることを厭うものだ。
“ 自分一人で何かを成し遂げることが、自分という存在を社会的にも精神的にも確立させることだ ”
という子供じみた錯覚のせいだが、それはまだましなほうだ。
少し悪知恵をつけ自分は他のバカな子供とは違うなどと勘違いした馬鹿な子供ほど。
“ 他者を利用して何かを成し遂げることが、自分という存在が社会的にも精神的にも特別な証だ ”
という‘下種脳’の価値観を刷り込まれ、その家畜へと身を持ち崩す。
それに歯止めを掛けねばならない大人達はマスメディアに巣食う‘下種脳’の情報操作で権威と意志を失い、子供達の欲望を止める事ができない。
親の盲愛と子供の欲望を煽り金蔓にするためにつくられた‘下種脳’の価値観で、古き時代の智慧は、時代遅れと呼ばれ切り捨てられていった。
その手先となったテレビ屋は、カー付き、家付き、ババ抜きなどに代表される価値観をばら撒き。
大量消費社会を支える核家族化を無責任に促がすことで、親子の繋がりを希薄なものへと変え。
大量消費社会への社会改造を高度経済成長などともてはやす事で後押しした。
三種の神器という旧時代の権威の象徴を家電製品の例えとして貶め。
大日本帝國に巣食った旧時代の‘下種脳’が歪め貶めた精神性をその正しい本質ごと無価値と謳い。
物質的欲望こそが人を幸福に導くという金儲けのために作り出された欧米社会に巣食う‘下種脳’の価値観を広めていった。
冷戦の終結によってますます力をつけた‘下種脳’達は、バブルに代表される“
マスコミというジャーナリズムに背を向け
更には、熟年離婚という言葉に代表される膨れ上がった欲望と男女平等の理想を利用した価値観で、離婚率を上昇させることで家庭を破壊し。
更なる世帯数の増加による市場の拡大を促がし、投機をもてはやすことで商業の社会に対する存在意義を失わせていった。
勝ち組負け組みなどに代表される格差社会を推進するための情報操作によって、高所得者の欲望を煽り。
もはや人の心に価値などないと大声で謳う連中の声を聞いて育った子供達は、社会に心の底で絶望しあるいは‘下種脳’に成り下がり、イジメで心ある子供を排斥する。
共に心を通わせる友を得ることもできずに一人苦しむ子供のように生きる気はないが、それでも今、オレの前にある選択肢は少なかった。
地平線は無数の魔物に埋め尽くされ、刻一刻とこちらへと近づいている。
多くの人間の意志を集める暇はなく、本来それをなすべき人間は‘下種脳’へ成り果てていて役にたたない。
村の入り口に戻ってきたオレ達を待っていたのは、ギルドに所属するルヴァナーたち数人とそんなどうしようもない現実だった。
そのルヴァナー達も事情を説明すると皆、家や役場へと向かい消えてしまった。
オレには、ハックによって無尽蔵の魔力回復があるためにやつらを殲滅することは容易い。
それは一連の大規模な魔術を連発するとほぼ同時に体内の魔力が回復する感覚があるので解っている。
シセリスやミスリアを見ていると判るが、魔術を使ったあとは精神的な疲労感のようなものがつきまとうようだ。
おそらくハックの影響なのだろうが、オレの場合、ミスリアの部屋の書物にあった魔力が減る感覚というのがまったくしない。
事実上、無制限に魔術を使えるため力技で魔物を始末することはできるが、それをすれば、まず間違いなくハックがばれる。
それだけは避けねばならないから、この選択肢は使えない。
魔術を使う回数を制限して身体能力だけで戦えばどうだろう?
それでも時間をかけさえすれば、最終的に数千対一の戦力差を覆し勝利はできるだろう。
シセリスとの闘いで判ったように人間が黒焦げになるような攻撃も、人体を両断する斬撃もオレに傷一つつけることはできない。
いや、正確にはかすり傷しか負わせられず、それも痛みを感じる暇もなく瞬時に治るのだろうが、どちらにしても危険はないに等しい。
だが、周りはそうはいかないだろう。
オレを相手にすることなく、ほとんどの魔物が村にたどり着くことになるだろう。
本来なら数十人の人間が迎撃に出てやつらを引き付けながら数を減らし。
その後に魔物よせの染込んだ犬の死骸がある村の入り口付近で前線を構築して村に入れないように戦う計画だった。
腐ってはいてもあの協会長には、それだけの知恵があった。
だが、荒事になれていない村のトップは違ったらしい。
迎撃にでている間に魔物の一部が先に村にたどりつくのを恐れたのか。
それとも自分以外がどれだけ死のうが構わないと思うまでに腐り果てていたのか。
自分達の周りに戦力を集中させるという愚を犯した。
集まった魔物はこの辺りにでるものだろうから強さはせいぜい野犬レベルだろう。
そうでなければ、ここにたどり着く前に魔物よせに引き寄せられた魔物にあの犬は殺されていたはずだ。
まあ、全てはこの状況を裏でコントロールする黒幕がいなければの話だが。
とにかくここがASVR内だという意識がない人間からすれば、それは妥当な判断だ。
数は多いがたいして強くはない魔物の群れが村を襲うという状況だとやつらは考えたのだろう。
だがいくら弱いとは言っても、戦ったことのない村人にはそんな魔物一体でも荷が重い。
そこそこ強い人間でも一度に数体も相手にすれば危ない。
警察士に護られた役場に立て篭もった人間を残し、村は全滅することになる。
それにオレの予想が正しければ、これはこのデスゲームを操る人間が用意したイベントだ。
オレと女達相手に用意された予想外の強い魔物のせいで、役場に立て篭もった連中も領主の救援が到着する前に全滅するかもしれないし。
村人の暴動が起きてこれもまた村中が死体で埋まるはめになるかもしれない。
それに対抗できるのはオレ達だけというのが筋書きなのだろうが、実に性質が悪い腐ったシナリオだ。
オレの能力をやつらは知らないはずだから、ここで村を救うことはできないとやつらは考えているはずだ。
そして、この状況で一番危険の少ないのは他の人間を見捨てたクズどもにつくことだ。
結果、村人を手にかけることになるかもしれない。
「どうするの? デューン」
何かを期待するようなミスリアの声が、オレに決断を迫る。
見れば、女達は皆、オレを見ていた。
ミスリアは、信頼のまなざしで。
シセリスは、忠誠の意志を込めた視線を。
ユミカは、期待に目を輝かせ。
シュリは、迷わない瞳を。
女達が何を望んでいるのかは知らないが、オレはこれ以上手の内をさらす気はなかった。
最も確実で安全な方法がオレの取った決断だった。
「こうするしかないな」
オレは、女達から背を向けて一歩を踏み出し、呪文を唱えた。
「イア・レイ・ヘルン・クトゥーラ」
広範囲を対象とする永久氷結の呪文が、哀れな犬の死骸と砕けた魔物避けの石を巻き込んで
氷槐を造り上げる。
その氷塊から左右へとガラスで作られたような透明な氷壁が伸びて行き、数十メートルの長さの壁を造った。
魔動車を包み込んだときのように大雑把な半径数十メートル、高さ十メートル余の氷山ではなく、精密に範囲と形を決めて魔術をコントロールした魔術だ。
幅十六センチ、高さ千二十四センチ、深さ五百十二センチの壁が村の外周を囲む柵の外側にそびえたった。
永久氷結の呪文で作り出された氷壁は物理的な衝撃で破砕することはない。
それ以上の影響力を持つ魔術でなければ溶かすことも不可能だ。
これは氷の内部の時間までもが凍結されるという設定らしいが、もちろん通常の三次元空間、オレ達の存在する宇宙の法則に反したASVRならではの話だ。
しかし現実であり得ない話もここでは違う。
オレ達は救援が来るまでの間、決して壊れない防壁を手に入れることができる。
人間相手では使えない手だが相手は攻城兵器など持たない知恵なき魔物だ。
魔物の中には人間と同等以上の知恵を持つものもいるが、そういう相手に魔物よせは効かな
い。
あれは野生動物にとっての血の臭いのようなものだからだ。
不自然にそれが続いていれば知恵のあるものは返って警戒する。
リアルティメィトオンラインの設定はそこまで凝っていたので、ゲーム内で魔物避けの効くのは知恵のない魔獣や妖獣と呼ばれるものに限られていた。
「ミスリアは魔力回復薬の用意を、シセリスはオレとは逆方向に壁を作ってくれ」
オレはバックパックからマネーカードを取り出しながら振り返り、女達に指示を出した。
「ユミカとシュリは魔力回復薬の材料と売っているものを買ってきてくれ」
「オレは壁を作っているので、魔力薬は持ってきてくれ」
カードを少女達に放ると直ぐに背を向けて、氷壁の切れ目へと向かう。
「あ、待ってデューン」
ふり返るとミスリアが、グレープソーダのような薄い紫色の付いた液体の入った試験管風容器を放ると、絵になる笑顔でウインクをして見せる。
「今、持ってるぶんよ。わたしが作れる最上のやつ」
リアルティメィトオンラインでは魔力を限界量まで回復させるハーマと呼ばれる錬金術の秘薬だ。
実の所、そんなものなどなくてもオレの魔力が尽きる事はなさそうだった。
だが、おそらくこの騒動を仕組んだのだろう‘ 下種脳 ’に、それを知られれば、待っているのは破滅だ。
だから、監視の目を全て騙さねばならない。
例え、それがやつらの流儀につきあうことだとしても。
究極の‘ 下種脳 ’である‘ 非人脳 ’どもは、人である事になど拘らず行動する。
イレギュラーを排除するのも、人を殺すのも同じと考える‘ 共食いの自滅本能 ’に心を犯された理性を歪んだ理屈で発揮する狂人だ。
そうして、その理屈の狂気を感染させようと、日常を破壊して、こんな
そして、人間の負の感情を煽り。
“ 奪うか奪われるか傷つけるか傷つけられるか ”
という‘ 人 ’が望まぬ極端な選択で、人間を追い込もうとする。
それに抗うには、“ ‘ 人 ’を愛する心を忘れない愛すべき‘ お人好し ’ ”になるか。
それが、できないのなら、せめて人間好きになりたいと願う凡人になるか。
あるいは、“ 例え、罪を犯さなければ生きていけないのだとしても、‘ 下種脳 ’にだけはならない ”のだと。
こうやって、‘ 人の在り方 ’とやつらへの嫌悪を、折に触れて胸に刻みつけ続けるしかない。
だが、その嫌悪を憎しみや妬みにに変えてしまえば、自らも‘ 愚種脳 ’や‘ 下種脳 ’になってしまう。
だから、疑わなければならない。
信じるという言葉で思考を捨て、妄信や狂信に甘えず。
自分と常識と世界の在り方を疑い続け。
自分の中の悪意と‘ 人のためにある善意 ’を理性で分別し続けなければならない。
誰かのためにという言い訳に甘えず。
人を騙すにしても悪意は持たず。
善意を持てずとも厚意を忘れずに──。
だから、オレは片手でハーマを受け取ると、ミスリアに笑顔で礼を言って、再び踵を返し氷壁へ向かう。
背後で女達が、買うものの具体的な指示や、“ 他にもこの魔術を使えるものがいたら連れて来い ”という指示を、少女達に与えている声を聞きながら、オレはその場を離れ、地味に疲れる作業を始めた。
水の精霊系呪文でも最高位の魔術だ、まず使い手はいないと見ていいだろう。
リアルティメィトオンライン内でもこの呪文が使えるNPCは‘夢幻郷の精霊魔術師’か。
‘流浪の精霊騎士’あとは都市で精霊術を教えている術師協会の長くらいだった。
この田舎町に使い手がいる可能性は低い。
十数キロはあるだろう村の外周全体を覆う障壁をつくるという、普通に考えれば嫌気がさすような肉体労働も。
呪文を唱えるだけでいいこの世界に、このときだけは感謝しながら、オレは村の周りを歩く散歩へとでかけた。
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