<ノーブレス・ライフ・イリュージョン>~ポイント・オブ・ノーリターン~
<ノーブレス・ライフ・イリュージョン>~ポイント・オブ・ノーリターン~
公権力において運営される組織は、それが民主国家であっても市民よりはそれを統制する公的機関のために動くことが当然とされている。
個人であっても組織であっても、民間の意志が直接的に彼らを動かすことはない。
公的機関がその本来の役割を果たす為だと言われてはいる。
だが、軍隊や警察の上層部が民間人を潜在的な危険分子として扱うことを見れば判るように、それは建前にすぎず。
命令なくして部下が動くことを嫌う権力者の性質にすぎない。
公的権力に依存する組織ほどそれは顕著になり、民間に接する現場の人間が動きやすくするためには働かず、現場の人間を自分達の手足の変わりに使おうとする。
そして最後には多くの人間を使うということを目的に出世を望む馬鹿まで現れる。
それは崇高な理念に基づくわけでも明確な理由があるわけでもない、猿山のヒエラルキーとなんら変わりのない衝動によるものだ。
そして、その衝動に従うことが権力というものであり組織とは権力を維持するためにあるというのが‘下種脳’達の言う組織運営の方法論だ。
だから、それがどんな崇高な目的を持った組織でも‘下種脳’の方法論によって動かされる組織は、その組織がなすべき目的を遂行するより、組織自体の利益を優先するようになる。
設立当初は、理念と公平さを持って運営された組織も代替わりが進むうちに、方法論を基準に有能と判断された猿並の衝動を抑えることもできない‘下種脳’に乗っ取られるためだ。
彼らは公共の利益と自分達の組織の利とを混同させ、それが更に進めば‘下種脳’どもは自分達の利と組織の利を混同させ始める。
結果、公的機関に寄生する‘下種脳’どもにより公的機関は滅びを迎える。
これは、過去の歴史をふり返れば判るように当然の帰結にすぎない。
だが‘下種脳’が騙る様に、それは不可避の法則などではない。
それを防ぐには方法論を変えることで、有能さの定義を変えればいいだけだ。
組織の利を勝ち取った人間を有能とするのではなく。
失敗しない人間を有能とするのではなく。
組織の目的を正しく叶えるために動く現場を作った人間を有能とし。
目的を不正な手段で果たすことを防いだ人間を有能と判断すればいい。
組織の利を得るために卑劣な手段を使う人間を無能と判断し。
失敗しないために何もしない人間を無能と判断し、組織の利のためだけに動く現場を作った人間を無能と判断し。
目的を不正な手段で果たすことを見逃した人間を無能と判断すればいい。
組織の倫理やモラルと能力を別個のものと判断せず、モラルを高め倫理を実現する能力を有能としモラルを低下させ倫理の実現を妨げる人間を無能とすればいいのだ。
だが‘下種脳’に成り下がらないまでも、欲に目がくらんだ人間ほどそれを必要なこととは思わない。
‘下種脳’が騙る家畜としての幸福を幸福と信じ込まされた人間ほどそれを嘲笑う。
時代遅れ。
貧乏くじ。
偽善者。
かっこつけ野郎。
いい子ちゃん。
負け組み。
KY。
中二病。
嘲笑うことで自分がましな人間になっていると錯覚しながらどうしようもない人間になっていく。
他者を蔑むことでしか幸福を感じなくなった哀れな人間は、やがて‘下種脳’の道具になり。
共食いをして勝ち残った
自らは成り上がったのだと信じて──。
利によって‘下種脳’に成り下がった人間は、社会全体から見ればそう多くはない。
だがやつらは人間の弱さにつけこむことに長け、自らの利のために他者を不幸にすることを厭わない。
‘下種脳’はどこにでもいて、その醜さゆえに目立つが、けしてそれで自分達が少数派でしかないなどと思ってはいけない。
声高にテレビが語る犯罪者が、社会全体から見れば決して多数派ではないように、やつら‘下種脳’も彼らが騙るヒエラルキーが示すように小数でしかないのだ。
だから社会に絶望してはならない。
そう、どんな理不尽に直面したとしても────。
「申し訳ありませんが、我々はここを死守せよと命じられています」
結局、協会に雇われて村へ押し寄せてくる魔物を退治することになったオレ達は、村役場まで戻り。
ルヴァナー協会にも所属している警察士と共に魔物退治に向かうはずだったのだが。
その予定は役場の周りにバリケードを作っていた警察士長の一言でおじゃんになった。
「しかし、迎撃に向かわねば村の中までやつらが入ってきてしまいますぞ」
協会長が食い下がるが警察士長は、領主代行官吏でもある村長の命令だの一点張りだった。
「ルヴァナー協会とギルドのほうに討伐依頼はするので、対策は一任するとのことです。領主様のもとへ救援要請はだしてあるのでそれまで持ちこたえよと」
「しかし、協会のルヴァナーのほとんどは警察士や役場の職員と兼任じゃぞ。ギルドも常時詰めている人間などおらん」
「ギルドへの圧力をかけすぎましたな。それに協会の人員削減も」
「何を言うか!あれはお主等が言い出したことじゃぞ」
オレはもめているやつらに見切りをつけ、女達について来るように無言で促がした。
どうやら、このゲームを操る連中はオレ達だけに戦わせたいらしい。
「えっと、どういうことなの?」
ユミカがいきさつが解らずに、オレに聞いてくる。
チャイナドレスの快活格闘美少女という見た目どおり、この少女は言葉の裏や腹を読むのは苦手らしい。
それとも考えること自体が苦手なのか。
「欲をかきすぎた馬鹿どものせいで村が滅びかけているのに、当のクズどもは自分達だけが生き残る為に他の人間を見捨てようという腹らしい」
オレは、村の外へと向かいながら簡潔にそう説明してやる。
しかし、ユミカはその琥珀色の瞳と豊かな栗色の髪で形作られた滝のようなポニーテールを揺らして当惑している。
「どうやら、ギルドに圧力をかけて仕事を独占したうえに、協会のほうもフリーの人間を首にして、協会に出る補助金やフリーの協会員の給料分を自分達の懐に入れてたらしいわね」
オレの説明にまだピンとこなかったらしいユミカに、ミスリアが捕捉した。
こうしていると、ダークブロンドとライトブラウンという近い色をした髪の色や、タイプこそ違えど二人とも格別の美しさを持つところからか、姉妹のように見える。
「……横領罪」
ポツリとシュリが夜色の瞳を更に暗くして、軽蔑の響きを持った声で言う。
「それだけではありませんよ。ギルドへの圧力や協会の役割を失いかねない人事は、背任罪にあたります。それ以前に士たるものが民を護らないなど許されることではない」
よほど腹に据えかねたのかシセリスも藍色の瞳を、怒りに燃やし冷たい声で言う。
こちらも夜と月を思わせる一対の美貌のせいか、姉妹か歳の離れた友人のような息の合いよ
うだ。
「何それ!ひどい!! ぶん殴ってやればよかった!」
やっと合点がいったのかユミカは後ろをふり返って、いまだ醜い責任のなすりつけあいをしている連中を睨む。
「いまは、そんなことをしてる暇はありません。後でゆっくりと教えてあげましょう」
冷たさを通り越して底冷えのする怖い笑顔を浮かべ、剣鬼が静かに首を振ると銀の髪がさらさらと殺気と一緒に流れた。
「そうね。領主に救援要請を出したと言ってたから裁かれることになるでしょうが、その前にたっぷりとおしおきしてあげましょう」
何をたくらんでいるのか、くすくすと楽しそうに悪巧みをする顔で、ミスリアが続ける。
「……賛成」
「うん。絶対やってやろうね」
少女達もそれに乗っかるようだ。
何をする気かは知らないが、実にリアルティメィトオンラインらしい姿ではあった。
このゲームのイベントシナリオの多くは公募から選ばれているために、日本の現状を多く反映している。
公務員の背任と横領や警察の正義との乖離など、平成と呼ばれた時代からすでにありふれた問題となっていた。
政治家や警察と軍を含む公務員など子供が憧れる職業とはほど遠いものとなって久しい。
結果、理想を追う人間は公職から離れ、利己的な野心や献身など欠片も考えない安定性のみを求めると口にして恥じない人間ばかりが公務を行うようになってしまった。
中には例外もいるがそれでも体制を変えることはできず悪循環が続いていく。
ASVRを使ってこのゲームを再現している黒幕も、そういった連中の一人なのかもしれない。
何れにしろ人の命を弄ぶ‘下種脳’には違いないだろう。
オレは道行く途中、不安そうにしている洗脳によって人格を消されて村人役を割り当てられたのだろう人達を、見ながらそう考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます