<イベント・ラッシュ・デイズⅢ>~魔術で道をつくるみち~
女の勘は当たるという俗説があるが、これは女が言動や態度の裏を読むことに慣れている場合が多いことによるのだろう。
勘とは神秘的な能力ではなく経験による総合的判断力だ。
意図的に習得しようとしない限り、人格形成がされる前の動物的本能が強く人間関係に反映される幼少期に勘という能力は磨かれる。
男と女の勘の鋭さの違いは、基本この時期によるものだ。
種を維持する為に最低限必要な三大欲求を基本プログラムとするなら。
階級を作って集団行動をする展開型プログラムは基本プログラムを制御し、個々の人間を連携させて動かすためのものだ。
そして、男に比べ女は子供を産み育てるという種の根本的役割上、この制御が甘い。
結果、集団の階級に従い疑わずに行動する男と違い、自分に接する人間を疑うという能力は、男に比べ女のほうが伸びやすくなる。
疑うということは、盲目的な従属や追従を拒否する能力だ。
そのため‘下種脳’どもが作り上げた社会の中で女達の地位は低く設定され、長い間その役割を子供を産み育てるという種の根本的役割のみを与えられてきた。
それと同時に‘下種脳’は、疑うという行為は、醜いもの下賎な行いという価値観をばら撒くことで、疑いは勘という言葉に包まれることになる。
もちろん、女の勘が当たるという言葉がすべてにあてはまるわけではない。
幼少期に本能を強く制御することを学んだ人間は、‘ 幼少期の絶対上位者である親などの保護者 ’によって与えられた‘ 常識や社会通念という本能を制御するプログラム ’によって強い影響を受ける。
だから、オレがたらし野郎だということはない。
そう、全てはミスリアとシセリスの勘違いなのだ。
そのことを納得させるのに一苦労。
そして、失神した少女を目覚めさせた後にも、誤解が判ってオレに恩返しをしたいという少女たちと女達の間に一騒動あったのだが、それは置いておこう。
これは、‘ 下種脳 ’に誑かされた‘ 恋愛脳 ’が好むようなラブコメなどではないのだから──。
新しく連れとなった、オレを襲った少女のほうはユミカ・マイヤ。
もう一人はシュリ・パドマーと名乗った。
ミスリアやシセリスとは違い、リアルティメィトオンラインのNPCの名ではない。
ならばオレと同じ立場の人間か、あるいはこのふざけたゲームの運営の一味だろう。
このゲームに取り込まれたのがオレだけでないならばそれはいいニュースだ。
そうでないのなら、警戒されているのだろう。
マズイ傾向だ。
このゲームに参加させられている人間が何人いるかはしれないが、この二人の少女との出会いはできすぎている。
この出会いに意図的な何かがある以上、用心にこしたことはない。
オレは、二人にシセリスにも名乗ったティーレル語を基にした偽名を告げた。
本名でもキャラにつけた名でもなくわざわざ新しい名を名乗ったのは用心のためだったが、無駄に終わらなかったようだ。
もちろん、その用心は、これがデスゲームでプレイヤー通しを殺し合わせる目的があった場合の備えだ。
ティーレル語を基にしない場合、名を知られれば即素性が判る。
そういう意味ではこの二人は無警戒すぎる。
実力差の問題もあり、少なくとも今のところは、直接オレを狙ってくる危険性は少ない。
これが、仕組まれた出会いの場合、その目的はハニートラップの可能性が高いだろう。
つまり誑かされているのはオレのほうだ。
「それじゃあ、こいつを動くようにしないとな」
なぜか騒動が終わった後、不自然にオレに懐き、今もオレから情報を聞きだそうとしてくる二人の少女に言って、オレは立ち上がった。
「とりあえず、外にでてくれ、車輪を穴から出そう」
生まれや趣味など一見プライベートに思える質問や他愛もない雑談にすぎないようだが、それはいってみればオレという人格や素性を探る行為だ。
友誼や信頼を深めるためには不可欠なコミュニケーションだが、この状況でそれを与えてやるほどオレはおめでたくできてはいない。
‘ 下種脳 ’どもに係わるとは、そういう事だ。
否応なく、やつらの腐った騙し合いと奪い合いと殺し合いのゼロサムゲームに付き合わされる事になる。
逃げられるならそれが最善だが、‘ 下種脳 ’はそれを許そうとはしない。
そういう意味では、今の状況は最悪に近い。
「御主人様、御手伝いは必要ですか?」
ユミカにオレとの関係を不審がられたのにもかかわらず、相変わらずのシセリスはオレに付き従いながら尋ねる。
「生産系魔術は使えるか?」
少し考えて、オレは聞いた。
確かアリサナスという地系統の土から建築素材を作る呪文があったはずだ。
それで穴が埋められればてっとり早い。
「申し訳ありません。精霊系と神呪系を少ししか」
シセリスは、やはり使えないようだ。
「わたしもできないわ。練金系と技法系だけなの」
「ごめんなさい、あたしも。闘気系と仙術系だったらちょっとできますけど」
「……霊術しかできない。」
他の三人も使えないらしい。
「そうか。じゃあちょっと工夫がいるか」
工夫と言ってもそうたいしたことじゃない。
「何か手伝えれば言ってください」
真剣な顔でユミカが、あまり慣れていなさそうな敬語を使ってこっちをうかがってくる。
「いや、たぶん大丈夫だ」
オレは断って歩き出し、女達も一緒に外へ向かう。
今のオレの力ならせいぜい数トンの荷を持ち上げるのは簡単だが、断ったのはそれでじゃない。
この腐ったゲームの運営者になるべく手札をさらさないためだ。
自分の力を無駄に見せるなどガキかお調子者のバカのやることだ。
相手に手札をさらせばそれだけ不利になる。
命がけのゲームでそれをやる気はない。
せいぜいなめておいてもらえばいいのだ。
敵になめられてこまるのは力で相手を服従させようという‘下種脳’だけだ。
だからこそ、ヤクザや政治屋など面子にこだわるやつらは多い。
オレは前扉から外へでると落とし穴に落ち込んだ前輪を見た。
穴は数十センチほどの深さでかなり広い範囲に掘られていた。
穴の底には木の枝とカモフラージュに使った泥に汚れた布が落ちている。
シャベルカーでも持ってくるか地系統の生産魔術が使えれば穴を埋めるのは簡単だろうが、そうでなければ数時間は掛かりそうだ。
だがまあ、他にも手はある。
「ミスリア、杖を貸してくれ」
振り返って言うと、ミスリアは怪訝そうな顔をしながらも杖をよこした。
「技法呪文を使うの? 身体強化なら神呪のほうが効率的じゃない?」
「いや、強化じゃない」
オレは短く答えて呪文を唱える。
「レーア⊥ゴルエム∃カーヴァ〃」
土からゴーレムを作る技法系魔術の呪文だ。
もちろん、たいした力もなく脆いゴーレムなので、こいつで魔動車を持ち上げることは不可能だ。
「クレイゴーレムには──」
それを指摘しようとしたミスリアが、しかし次の瞬間には口をつぐんだ。
無数のゴーレムが道の脇の大地からにょきにょきと生えだし、穴めがけてダイブしていったからだ。
加速をつけて穴の底に自らを叩きつけたゴーレムは砕けて土に返り、その上を新たなゴーレムが踏み固めて砕け、あっという間に穴を埋めていく。
「レン・ヅアトゥーグア」
そして穴が車輪の下まで埋まると地系統の精霊魔術ヅアトゥーグアで車体の前に立ったゴーレム達を押し潰した。
圧壊したゴーレム分の体積が車体の下で盛り上がり魔動車の前輪をジャッキのように押し上げていく。
パスカルの原理は忠実に再現されているようだ。
車体が水平を少し超え、逆に前輪が少し持ち上がったところで魔術を解除。
オレはミスリアへ杖を返し、盛り上がった土を踏み固めながら魔動車の正面に立つと、後ろへと車体を押しだした。
さして力を入れることもなく、車体はゆっくりと後ろへと転がって水平な道へと復帰する。
「レン・ヅアトゥーグア」
再度、精霊魔術を唱えて盛り上がった部分が水平になるまで、今度は穴全体の範囲に圧縮をかける。
しばらくすると多少の段差はあるものの道は元通りになっていた。
オレは穴の上を歩いて、充分に魔動車の重量に耐えられるのをを確かめ仕事を終えた。
「さて、それじゃあ行こうか」
オレの台詞に女達はめいめいに応えると車内へと戻っていく。
行き先はシント。
リアルティメィトオンライン最初の街。
いくつかの村と交易都市ソレンを経て数十時間の旅となる。
うまくいけば移動途中でバグが見つかるかもしれない。
焦っているわけではないが、‘下種脳’の手の内で踊るのは気分がいいものではない。
いや、やめておこう。
楽観はできないが全てがやつらの手の内とは限らないのだ。
オレは、考えてもしかたないことだと思考を打ち切り車内へと向かった。
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