<ダーク・ファラオ・アゲイン>~遇いと朱夏の旅立ち~
人生は一度きり、後悔しないように生きろ。
先輩風を吹かしたがる人間や明日をもしれないヤクザな生き方をする人間が、よく言う陳腐な台詞だ。
そういう生き方をしていない人間ほど、自分と同じ道を歩む人間に、そう言いたくなるのだろう。
そして、そういった人間ほど、‘人生は一度きりだから欲望のままに生きろ’という歪んだ意味でこの言葉を使う。
‘下種脳’な商人達が創りあげた‘ 消費の拡大こそが美徳 ’という歪んだ価値観と。
同じく‘下種脳’な軍人が創りあげた‘
欲望に忠実で刹那的な生き方を疑わない人間ほど、そういった歪められた意味を疑わない。
本来この言葉は、“ 人生というものは様々な誘惑や危険に満ちていて危険なものだからきちんと考えて生きないと取り返しのつかないことになる ”という意味だ。
欲望や誘惑や無思慮といったもので、人としての道を踏み外し‘下種脳’どもに惑わされ、破滅する人間に対する警句なのだ。
だが、やつら‘下種脳’は、言葉の意味を逆に歪めて、この警告を消し去ろうとする。
人生という道を踏み外して‘外道’にならないように掲げられた正義という道標を歪めて。
人を殺して恥じない価値観に変え、人間を自分達のために人を殺す道具に変えたのと同じ手口だ。
弱肉強食こそ世の摂理だ。
奪われたくないのなら戦うしかない。
愛するものを守るために戦え。
力なき正義は無価値だ。
生きるとは戦いでしかない。
上にいけるのは一握りの人間だ。
どれも、やつら‘下種脳’が創った歪められた価値観だ。
生命の循環の理を力を欲望のままにふるうことを正当化する論にすり替え。
恐怖を煽ることで人間の理性を歪ませて人を殺す道具に変え。
愛する者を守りたいという想いを利用して、己の欲の為に他者を操り。
手段と目的を混同させることで、正義を無意味と騙り。
欲望を満たすことこそが生きることだという獣の価値観を人に当てはめようとして。
無限にある上を一つしかないかのように己の価値観を絶対と騙り、人を服従させようとする。
それを信じるなら、好きな女を抱くことも、金で女を抱くことも、痴漢をすることも、女を姦すことも、幼女に性的虐待をくわえることも、全てが同じ欲望から来ているのだから、皆同じだということになる。
世界が平らであるという程度の見識で物事を見るのならともかく。
地球が丸いことを知る人間にとって、下が地球の中心一つであるのに対し上とは無数に存在するのが常識のように。
一つの価値観による上などに意味がない事は明白な事実だ。
そんなペテンを信じ破滅する人間に対する警告こそが、人生は一度きりだから後悔しないように生きろということだ。
ただ感傷にまかせた後悔なら、どう生きたとしても必ず後悔するものだ。
そう、今のオレのようなミスを犯せば──。
「ネフレンカー!!」
シセリスの緊迫した声が森に響き渡った。
それと同時に彼女は剣を抜きながら飛び出している。
ほとんど反射的といっていい早さの決断だ。
「セリス! 待って!!」
ミスリアの声が、彼女を止めようと響いたときには、すでにシセリスは接敵していた。
(夜でなくても、まだ満月ということか)
時間の流れがゆっくりとなるのを感じながら、オレは自分のミスを噛み締める。
かねてからの計画通り旅にでるというオレとミスリアにシセリスが同行するということになって。
‘水晶の小屋’を離れたのが、今日の午前がほぼ過ぎそうになった頃合のことだ。
すでにこのワンダリングユニークは消え去っていると思っていた。
それだけならまだ取り返しもついたのだろうが、オレはシセリスが‘流浪の精霊騎士’だということを忘れていた。
リアルティメィトオンラインでは、彼女が一所に留まらず旅をする理由を、ワンダリングユニークを倒すためだとしている。
ワンダリングユニークといわれる魔物は、本来はネフレンカーのように時間がたてば消えるというものではない。
時間がたてば消えるのは、影系統のモンスターの特徴であり、多くのワンダリングユニークは、倒されるまでフィールド内を自由にうろつきまわり、プレイヤーを襲う。
それらワンダリングユニークが生まれるのは精霊力の歪みが原因であり、それを倒すことで歪みを正すのが、精霊との契約をした‘流浪の精霊騎士’の役目という設定だ。
ネフレンカーの存在を彼女が知ればこうなるというのが解っていたのに、ワンダリングユニークがここに出現した意味を考えず、安易にシセリスと遇わせるはめになった。
こうなった以上、十中八九これが罠であるのは解っているのに逃げることができなくなってしまった。
最悪、ネフレンカーにミスリアとシセリスを含め、三対一で戦わなければいけない。
安心して背中を預けることも、共闘できると判っているわけでもない相手とともに戦わなければならないということになる。
しかし、だからといってここで二人を置いて逃げ出せば、最悪これがデスゲームの場合、ただ生贄を差し出すことになる。
奇しくも人質をとられた格好になるのだが、それを影でこの事態を操るやつらに知られるのもまずい。
いずれにしろ後悔がついてまわる決断をオレは迫られていた。
「レン・クシューグァ」
シセリスが呪印と言われるハンドサインを目の前できり、次いで響いた詠唱の終了とともに、数条の炎熱波が大地を焦がしながら飛び、ネフレンカーに吸い込まれる。
呪印は魔術の効果を上げるという設定なので、やはり、逃げるための牽制などではないのだろう。
「もう、しかたないわね。アグナ≈エンリル∴カーヴァ」
ミスリアも戦う覚悟を決めたのか、左手の指輪をネフレンカーに向けて呪文を唱えた。
リアルティメィトオンラインで技法系魔術と呼ばれる最も西洋魔術のイメージを受け継ぐと言われた魔術だ。
杖や指輪などの発動体で魔術を増幅し、様々な現象を引き起こす。
発動を意味するカーヴァの声が響くと同時にシセリスに一歩後れて、掲げられた指輪の前に、無数のパチンコ玉サイズの火球が現れ、それが渦を巻く風に乗ってネフレンカーに突き進む。
「■ゝ●─■■─¦─■*¦■¨─■■■●¦!」
音にならない振動を発した影が苦悶するように揺らめく。
だが次の瞬間には宙を滑るようにシセリスのもとへ向かって間合いを詰めていく。
「■■─■*¦■¦●¦■¦●¦■■¦¦¦¦●●¦¦■¦*■¦■」
そこに今度はミスリアの放った無数の火球が次々と着弾していき爆発して、ネフレンカーを押し戻した。
ネフレンカーの能力がリアルティメィトオンラインのままなら、今の攻撃を50発以上はあてなければ倒せない。
そしてネフレンカーの攻撃が3発も当たれば、シセリスは倒れるだろう。
軽装のミスリアなどは一発でも危ないし、シセリスも当たり所が悪ければ一撃で沈むこともあり得る。
オレならばおそらく一撃でネフレンカーを倒せるだろう。
それだけハックによって上げられたオレの攻撃力は理不尽なものになっている。
リアルティメィトオンライン最強の魔神達でさえ、データ的強さはオレの一割程度だ。
そういう意味では、今のオレは無敵で最強といえる。
だが、無敵だろうが最強だろうが、ただのデータだ。
改変され消されてしまえば、何の意味もない。
それどころかハックがばれれば、ここから脱出する算段もそれでおしまいだ。
オレは殺され、彼女たちももとの自分を取り戻すこともなく一生‘下種脳’の人形だろう。
ならば、どうする?
敵になるかもしれない女達だ。
放って置いて逃げるのも手ではあるが、今後の事を考えればそういうわけにもいくまい。
オレは今できることと、これからのことを考え、幾つかの方法が思い浮かんだ。
そのなかでの最善と次善を、リスクと最悪の回避を視野にいれて選んでいく。
目的は、オレのステータスの異常性を知られずにネフレンカーを始末するか、この場を逃げ出すこと。
逃げ出すのはシセリスが拒否する可能性が高い。
とすれば最もリスクをなくし結果を手にするには?
ゆっくりと流れる時間の中で加速した思考が答えを導き出した。
「ミスリア、シセリス。 やつを封縛する。その間に倒せ」
それが、オレの選んだ答えだった。
「ミスリア、杖を貸してくれ」
発動体として使うのではなく森の中を歩くのに使っていたミスリアの魔術杖を奪いながら、オレは技法系魔術の高レベル呪文を唱える。
「アザハーツ∽エレボス∵クオス∋ネフレンカー∴カーヴァ」
杖を掲げ、ネフレンカーに向け、詠唱を終えるとソフトボール大の白い球状の闇が六つ現れ、飛んでいく。
一つは地中に消え一つはネフレンカーの上にそして四つはネフレンカーを中心とした正方形の頂点に。
ネフレンカーを納めた四角錐が完成すると同時にネフレンカーが凍りつくように動きを止めた。
後は、二人がこいつを倒すまで魔術を維持すればいい。
オレはそう考えながら二人が新たな呪文を詠唱するのを待つ。
シセリスとミスリアが当たりにくいが威力の大きく持続的なダメージを与え続ける呪文を唱え始める。
それから、ネフレンカーが倒れるのにそう時間はかからなかった。
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