<スタンド・バイ・アワーズ>~蔓延りし影~









 わざわざ誰かの為と言って何かをする人間は、たいていは自分のために動いているものだ。


 環境を保護することで金を儲ける保護団体しかり、鯨を狩らせない事で寄付を集める政治組織しかり。


 そして、電気の安定供給を謳い放射能汚染をばらまいた、‘軍事産業と電力事業を核として同盟国の死の商人と手を組んだ政財官の利益共同体’しかり。


 何もしないよりはましと思うかもしれないが、一定の結果を得ることを目的とせずに利を得て存続することのみを目的とした活動は、人間を腐らせることしかできない。


 まして、それが多くの人間の命を担保にいつかはじけると判っているバブルをふくらませ続けるのは論外だろう。


 そういう連中は、自分の周りの環境を破壊しながら、初めて訪れた土地の環境を守れと口にすることで利益を得、利益さえ手にすればそのままどこかへと去り。


 逃げることさえできぬ牛や豚の死肉を毎日喰らいながら、自分たち以外が命の糧としている生き物を狩らずに、自分たちが作った死肉を喰らえと騒ぐことで金を得る。


 そして、多くの人間が乗る氷の上でこの氷は割れたりはしませんと嘘をつきながら炎を炊く人間に燃料を売り続け、氷が割れた後でさえ、防寒着やカイロを隠して、寒いのは嫌でしょうと燃料を売り続けようとする。


 いつか、全ての氷が割れ、氷の上の全ての人が死に絶えるまで。


 理想を騙ることで理想を貶める‘下種脳’たちは、かっては存在しなかった自由という概念を‘悪’と同義に捉え。


 義務と権利によって成り立つ自由を唯の欲望を満たすことを肯定する思想として広めることで力を得て。


 欲望と力こそが人間を支配する唯一の方法であるという欺瞞で人間を操る。


 その最たる例が世界最大の軍事大国だろう。


 自由と平等を表では騙りながら、あの国の裏側で政治や経済を差配する連中は、古代ローマ帝国とさして変わらない思想で動いている。


 その証拠に何人の大統領がローマ皇帝と同じように暗殺されただろう。


 そして、明らかに組織が関与していても実行犯のみにしか司法の手が及ばないのも一緒だ。


 裏でどんな非道を行おうとそれを正義と言って恥じず、神の名のもとに人を殺して恥じず。


 金のために人を殺して恥じず。


 人を殺すことが名誉と言って恥じず。


 人と争って勝つことが生きることだと言って恥じず。


 己の欲望を理想と言って恥じない。


 やつらは人類全体を滅びへと推し進めながら、自らの欲望に溺れ繁栄の夢を見続けるだろう。


 いつか目の前に滅びが訪れるその時まで。


 やつらは、ある者は自らもその歪んだ価値観を信じ、ある者は、ただ目先の利を得るためにシステムとしてその価値観を利用する。


 そして、その歪みを正そうとして考えられた平等という理想をもまた貶めて、全ての人間を服従させる為の道具として使う。


 やつら‘下種脳’は、害虫のようにどこにでもいる。


 声高々に自らを正しいと叫ぶやつらは、決して自らを恥じない。


 それを当たり前と信じる愚かな‘下種脳’も。


 それを知って人を蔑むことで喜ぶ‘下種脳’も。


そして、自らをごまかしそれを信じているふりをする‘下種脳’も。


 特に狡猾な‘下種脳’どもは自ら、姿を現さず、あるいは、‘下種脳’であることを臭わさない。


 そう、まるでヴァーチャルの向こうで蠢くやつらのように────。

 

 はたして今日の二人の行動はやつらの仕業だろうかと考えながら、オレは明日の出発の為の準備をしていた。




 準備とは言っても持っていく荷物があるわけでもなく、‘闘気’や‘命気’に‘然気’といった気功術系スキルを使えるかの実験だ。


 そして、バグが生まれないかの実験でもある。


 たびたび女達相手に‘気’を使ってはいたが、‘闘気’は‘気’を運動エネルギーに換えることで身体能力の強化や破壊エネルギーに変える技術だ、同じように使えるとは限らない。


 一応、使い方は頭の中にあるが、使いこなせるかどうかは未知数だ。


 ‘闘気’による身体強化は、今の身体能力を使いこなせないオレでは意味がない。


 あとは‘命気’による生物の内部からの破壊や治癒という、どこかの世紀末救世主のような技術と。


 ‘闘気’を刃や砲弾などの擬似物質して使う技術。


 そして‘然気’により炎や雷といった物理現象を起こす技術だが、とりあえずは試すしかない。


 小屋の外へ出ると、辺りは明々と満月に照らし出されて、思いの外、暗くはない。

 月の蝶は、姿を変えたまま未だ顕在だった。

 

 まずは‘命気’による治癒効果だろうか。


 オレは、小屋の周りにあった枯れかけた草に手順通りの練り方で紡ぎ上げた‘命気’の網を対象にかけると、それを草の内部に浸透させていった。


 たいした時間もかけずに枯れかけた草は、茶色の枯れた部分を落とし、残った緑の部分が育つことで、青々としたものに変わっていく。


 死んだ部分が蘇るのではなく残った部分が成長していく。

 

 次に、オレは昨日試すことのなかった神呪系呪文‘アトゥマウフ’を別の枯れ草に向けて発動した。


 今度は、茶色く枯れた草が今度は枯れる様子を撮影した映像を高速で逆回ししたように蘇っていく。


 どうやら、同じ回復でも意味合いは違うらしい。


 ‘命気’が生命を活性化する効果で‘アトゥマウフ’は再生らしい。


 オレは、バグ探しも兼ねて、数ある神呪系の回復呪文を次々と枯れ草で試していった。


 呪文は全て発動しバグは見つからず、全ての実験が終わる頃には、辺りは生い茂った草に覆われていた。


 オレは、再び‘命気’の網を草むら全体にかけると、急速に内部に叩き込む。


 その途端、鈍い破裂音と同時に草むら全体が弾け散った。


 次いで‘命気’の網を、かって草むらだった草の破片にかけて‘気’を吸い上げる。


 草の切れ端がたちまち茶色く枯れていった。


 どうやら‘命気’はきちんと使えるようだ。


 あとは、‘闘気’の擬似物質化と‘然気’だが、呪文とは違って戦闘時の発動が難しいようだ。


 呪文と違い威力と範囲までコントロールが必要なためらしい。


 これは魔物相手に試すしかないだろう。


 オレは神呪系呪文ニュクサイトを詠唱発動して視界を確保すると、満月に照らされた森の中へと入っていった。


 昼と変わらない風景の中、しばらく歩いてはみたが昨日とは違い魔物の影はない。


 まさか、オレに脅えて生活圏を替えたわけではないだろう。


 となると、たまたまだろうか?


 まあ理由があるにしろないにしろ探すしかないのだが。


 そうやって、探しあるくうちに、一つの影を見つけた。


 そこには古代エジプトの王の形をした黒一色の影が地面から離れ漂っている。 


 それは、まさしく影の魔物、蔓延りし影とも言われる魔物‘ネフレンカー’だ。


 リアルティメィトオンラインでは‘ワンダリングユニーク’と呼ばれる固定場所ではなくフィールド上のどこにでも現れる強力な魔物だった。


 能力的には上位のPTでも単独では全滅する強さ。

 最高クラスの単独PTでなんとか互角に戦えるという理不尽な存在だ。


 ただ移動速度は速くはなく、遠距離の攻撃もない為に逃げれば逃げ切れないことはない。


(そういえば、今日は満月だったな)


 この魔物は満月にしか現れず、こいつがいる間はその付近に魔物が現れることはないという特性を持っていた。


 その為、リアルティメィトオンラインでは、低レベル層のフィールドにこいつが現れたときは、大急ぎで大量のプレイヤーが動員されて、数押しでなんとかしていたらしい。


 だが、今のオレの能力なら、おそらくたいした時間もかけずに倒せるだろう。


 そして、どうやらさっきから他の魔物の姿が見えないのはこいつのせいらしい。


 ならば、やることは決まっている。


 オレは、その場できびすを返して走り出した。


 本来、こいつは単独で倒せる相手ではない。


 オレがこいつを倒せば、まずハックがばれる。


 実験は別に急ぐわけでもないし、どうせ明日には消える相手だ無理に倒す必要もない。


 オレは、みるみる影を引き離し、そのまま小屋へと戻っていった。




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