<スリーピー・ミッドナイト>~真夜中の襲撃~
欲望というものは生きる為に必要な基本プログラムであるのと同時に死へと導くプログラムでもある。
それは、成長と老化が分離しがたい一つのシステムであるように時に人を破滅へと誘う。
それは、野生動物の世界では捕食システムであり、共食いや弱者切捨てといった群れの生存率を上げる為のプログラムだ。
人以外のほぼ全ての動物が、それらの基本プログラムにのみ従い、生きてそして死に、進化し同時に退化して、盛えそして滅びてゆく。
だが、人のみが自らを生かす為のもう一つのプログラムを作り出すことで、滅びから脱けだし生を繋いでいる。
それは、人間という動物が生存するために選んだ群れの高機能化が創り出した、社会という外部プログラムだ。
そして、自らのハードと基本プログラムである本能以外に外部プログラムからのダウンロードを受けることで人間という動物は、人という‘社会構築体’へと育つていく。
太古の時代、人はその外部プログラムを神と呼ぶことで、信仰という教育システムを作り出し、人間を導くことで‘社会を支え、糧を配る為の支配システム’が生まれた。
そのシステムは、多くの人を生み出し社会は安定していく。
しかし利便性を追求した信仰というシステムは、人と成りきれない人間が権力を握ることで、人間を人へと導くための教育システムという本来のありかたを歪め、宗教という征服の為の教育システムへと変貌していった。
それらの権力者は、社会のために生きることより自分の為に生きることを優先する‘悪’とよばれた人間と一線を隔した、自分の為に社会を自分の都合のいいように変えようとする人間。
つまり‘下種脳’どものはしりだった。
彼らは自らを王と称し、それに従う人間達を貴族と称し、差別というシステムを作り。
階級による社会運営という利便性をもとに‘権力者を創り出し、暴力で糧を収奪する利権システム’を構築する。
それにより社会は急速に歪んだ発展をしていく。
本来の人間を人へと育てるためのシステムが歪められた為、社会は多くの本能という基本プログラムを制御しきれない人間である‘悪’や‘下種脳’を多く内包して変質していった。
変質した社会には基本プログラムである本能による共食いにより、戦争が生まれ。
利便性を追求する歪んだ社会が、利便性を犠牲にして本来の人を教育する社会を破壊していった。
歪んだ社会を支援する宗教システムは、それらの行いを‘業’や‘悪魔’という観念をつくることで、自らの不当性を否定し。
仕方のないことと、信者の思考を停止させることで。
終には神という概念を利用して、信仰を征服と収奪の為に利用するシステムへと成り果てた。
王達は‘ 利便性の追及こそが自らの役割でそれが正義である ’という価値観を創ることで、単なる略奪と破壊に‘ 必要悪 ’という名をつけ価値あるもののように見せかけて。
本能を制御できない自らを肯定し、‘ 征服と収奪の為に利用するシステム ’を確固たる
しかし、その歪められた社会の中で‘ 人 ’が消え去っていったわけではない。
なぜなら、歪んだ社会を作り出した‘下種脳’どもの本質は、社会に寄生する寄生虫だからだ。
寄生虫は寄生する存在がなければ生きていけない。
自らの卑小さをどうごまかし、“ 社会を支える為の‘ 人 ’という存在を自らより劣った存在 ”という価値観をつくってのさばろうと、‘社会構築体’としての人がいなければ消え去るのみの不要な存在だ
だから欲に従ってはならない。
そう、欲とは制御すべきもので溺れるものではないのだ。
「ねぇ、顔が強張ってるわよ」
オレの右腕を固めるように手首と肘を掴んで抱きかかえたミスリアが嫣然といっていい声で言った。
「難しい顔で何を考えていらしたんですか?」
反対側で同じように左腕を抱え込んだシセリスが、どこか恥ずかしげに訊く。
どうやら二人は共同戦線を張ることにしたらしい。
ソファーで‘気’に関する書物を読んでいたオレを、電撃作戦で襲った女達は御丁寧にも二人がかりでオレの腕を封じて、風呂上りの良い匂いのする体を押し付けてくる。
いつもの彼女達のまとう香りではなく、どこか蠱惑的な匂いだ。
嗅いだことのないが知っている甘い酩酊感を誘うような芳香。
確かに知っているのだが、それはオレの知識か?
考えている間にも、ミスリアはクローゼットにあった薄手の白いローブだけを纏った体を、ぴったりとオレにくってけて顔をオレの肩にすりよせながら。
シセリスもまた鎧を脱いで下着同然の濃紺の薄衣姿でオレの肩に頭を乗せてくる。
しかし、殺気がなく、易々と死ぬことのないこの体だから放ってあるが、これが普段ならそう簡単にこんなことを許したりはしないはずだ。
それを考えれば、少し甘えがでたのかもしれない。
「欲に溺れては人ではないってことかな」
オレは苦笑交じりにそう答え、半ば無駄と知りつつも二人に言った。
「そういうわけで、オレが人でいられるように手を離してくれないか?」
「獣になって♡」
伸び上がるようにして耳元でミスリアが囁き。
「御好きになさってください」
シセリスがオレの肩に顔をうずもれさせてつぶやく。
まるで一晩数万ドルはする高級娼婦のような仕草だが、彼女達の目的は金ではないだろう。
金で自分の記憶も人格を売るような人間はそういないだろうし、いたとしても今こうしているのは元の彼女たちではない。
今の彼女達はミスリアとシセリス。
偽りの感情と想いに支配された哀れな生餌か
。
そうでなければ、心の底に指令を刻まれた殺人人形だろう。
「二人一緒にかい?」
オレは離間の策でそれに応じる。
同盟を崩しての各個撃破は戦略とも言えない基本対応だ。
効果はあるかどうかは判らなくとも、やってみるのは常道だろう。
「一人じゃデューンの好きにされちゃうもの」
抗議交じりの声はミスリアのものだ。
どうやら、この同盟を主導したのは、彼女らしい。
昨日のことがよほど気にいらなかったらしい。
シセリスもそれを聞いたのだろう。
ミスリアと同じ羽目に陥るよりはと共同戦線を張ったというわけか。
「二人なら好きにできるというわけか」
そうつぶやくと。
「デューンじゃないんだからそんなことしないわよ」
「違います そんなこと」
左右から否定の声が返ってくる。
「わたしは、ちゃんとしてほしいだけなの」
「すべてを捧げさせてください」
そして続いた言葉も二人揃って、ろくでもないものだった。
古来、多くの男達を堕落させ破滅させてきた男にとって都合の良すぎる台詞だ。
だからこそ、女達はそんな台詞を意味もなく使わない。
それを使うのは男を陥れるときか、男がそれに惑わされたりしない器量を持つと認めた時だけだ。
なかには一時の欲望に溺れ、考えもなしにそれを使う馬鹿な女もいるが、それこそ最悪だ。
いずれにしろ、ありがたくはない話だ。
「ね、お願い、抱いて」
吐息まじりの熱を帯びた声が耳に吹き込まれ、腕に柔らかな感触が押しつけられる。
「御情けを……」
潤んだ声が首筋をくすぐり、よりそった熱い身体が身悶える。
そのときになって、やっとオレはさっきから二人からただよってくる香りがヴェルダナと呼ばれる花の香りだということに気づいた。
現実にある花ではなくリアルティメィトオンラインで惚れ薬というか媚薬のもととなるクエストアイテムだ。
ASVRで効果を表すこれら‘電脳ドラッグ’は一般にはあまり知られてないが、強力な効果がある。
軍用サイバー達はこれにより恐怖を知らない殺人機械となり、犯罪組織により流されるソレは、体を壊すことなく心だけを腐らせていく。
リアルティメィトオンラインの設定では、このヴェルダナにそこまでの強い常用性や効果はないはずだが、それでも充分たちのわるい薬だ。
効果時間は数時間、その間は理性を失い快楽を求めて身悶えることになる。
彼女達の媚態の理由はどうやらこいつのせいらしい。
オレにこれが効かないのは、オレのハックの賜物だろうが、はたしてこれは彼女達自身の仕業か。
どっちにしろ考えてもしかたがない。
オレに今できることは、いつものようにあがくことだけだ。
「………………」
しょうがないとは口にせず、オレは意味のない闘いを始めることにした。
オレは深く息を吸って‘気’を練り上げながら、今まで読んでいた本で使い方を思い出した‘気’の操作で集めた‘気’を操り、波として相手に伝えるのではなく形を持った波動として 二人のしなやかな肢体へ、まとわりつかせる。
「んふああッ!?」
「あんぅああ!?」
熱く火照った肌に浸透するように全身をうごめく感覚に、戸惑うような嬌声があがる。
オレは、集めた‘気’を二本、蛇のように束ねて彼女達の前頭部から彼女達の‘気’の守りをを溶かすようにして一気に撃ち破る。
「あ!? やっ! どうして!?」
「ひあ! 待って!──だめえっ!!」
オレの‘気’が、経絡と呼ばれる全身の‘気’の通り道を通って入ってくる感覚に侵され、二人は、啼くような声をあげてオレにしがみついた。
「っや! やっ♥ や♥ 」
「──っ!! あ♥ あ♥」
大脳新皮質から視床下部へと浸すように‘気’を満たされて理性の蕩けきったミスリアとシセリスのユニゾンが甘く響き渡る。
「もう♥ もうっ♥ ひううう♥」
「こんな♥ こんなの♥ ダメに♥ はああ♥」
オレは更に奥深くまで経絡にそって‘気’を浸入させて、快楽に耐え切れずに身をくねらす彼女達の内部を蹂躙した。
「だ、め……も……ゆるし……くううっ♥」
一足早く、敗北の声をあげ、ミスリアが全身を硬直させる。
「ひあ♥ あ♥ あアああァ♥」
それにつられたようにシセリスも陥落した。
「────ッ!!!」
「 ! !! !!!!」
それでもオレは追撃を緩めず、声もだせずに何度も敗北に身を震わせる彼女達が完全に気を失うまで何度も攻め続けた。
彼女達を操るやつらがいるのならこの姿を見ているのだろう。
彼女達を裸に剥いて、濡れ場を見せるのよりはましだろうが、彼女達を見てやつらがにやけているのかと考えるとへどがでそうになる。
だが、これがハニートラップなら、それこそがやつらの狙いだろう。
彼女達への同情は、即ち彼女達をオレの弱みとして利用する可能性をやつらに知らせることになる。
ただ彼女達を退けるだけなら他に手段はあった。
だが、そうすることでやつらは、彼女達をオレの弱みと認識させない方法は少ない。
これがオレの選んだ方法である以上、感傷は必要ない。
オレは苦い思いを打ち消し、二人をベッドに運ぶべく立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます