<ザ・エスケープ>~続・MMOの世界~




 2度あることは3度あるとよくいうが、目の前にあるものを必然だと納得できないなんて事もまたよくある話だ。

 そう、不幸な偶然というやつを認めない人間が多いように。


 つまりは、人間というやつは信じたいものを信じるようにできているのだろう。


 神を信じる人間が、神ではなくその教えを騙ることで金儲けをする連中を信じるように。

 正義を信じる人間が、正義ではなく正義を騙ることで権力を得た連中を信じるように。

 愛を信じる人間が、愛ではなく愛を騙ることで信頼を得ようとする連中を信じるように。

 信頼を信じる人間が、信頼ではなく利益を騙ることで金を稼ぐ連中を信じるように。


 自由を信じる人間が、自由ではなく欲望を煽る・・・いや、現実逃避はやめよう。


 何が言いたいかというと、要は目の前にゴブリンがいたというだけの話だ。


 十数メートル先から、威嚇するように歯をむき出しにして、こっちに向かって来るのは、リアルメイティットオンラインのCGそのままの黒褐色の小人レッドキャップゴブリンだった。


 MMOの中でのレッドキャップゴブリンは隠者の森近くの森に生息し、単独で襲ってくる敵対的な魔物で、初心者プレイヤー単独では倒せないそこそこに強い相手だ。


 おそらくは特殊メイクなのだろうが……

 瘤だらけの肌にまばらに生える黒い毛。

 そしてサルのようなとがった犬歯とまるで本物の魔物がMMOから抜け出してきたようだった。


 離れているので判りにくいが、額の両側には瘤そっくりの角もあるのだろう。


 そして、これも設定通り、赤い三角の帽子らしきもの被り、黒っぽい皮鎧のようなもの着込んでいる。


 そこまでならまだ良かったのだが、手には刃渡り30センチ程だろうか細長い二等辺三角形の刃を持つ短剣までが握られている。

 鎧通しとよばれるたぐいの人を殺す為だけの刃物だ。


 それを見て、オレは迷わず逃げ出した。


 ここは三十六計が正解だ。

 どう考えても他の選択肢はない。


 逃げることが忌むべきことだというような、殺しを仕事にしている連中が手下を躾けるために作った価値観はオレにはない。


 オレが従うのはオレが作ったルールだけだ。


(身長は130。 中身は矮人症の大人か子供もしくは調教された猿というところか?)


 身のこなしからみたら脅威ということもないが、問題は中身が判らないことだ。


 無力化するには短剣をさばいて押さえ込む必要がある。

 その面でいえば一番厄介なのは、人間と違い動きが読み難い猿なのだが、本当にまずいのは中身が子供の場合だ。


 あの大きさの猿を押さえ込む力で、瞬時に固め技をかければ、間違いなく大怪我だ。


 怪我をさせない速さで技をかけるとなると、野生動物の反射速度で刃物を振るわれれば、こっちが怪我を負う破目になる


 気配からみて十中八九、中身は人間ではないだろうが、万一そうでなければどうなる?


 これがオレを刑務所送りにする罠ならそれまでだ。


 検事になぜ子供にこんな大怪我をさせることになったのかと尋ねられ。

 猿だと思ったんです。 コスプレしてましたから。


 間違いなく有罪だろう。

 ただでさえ司法は馬鹿なガキどもに甘い上に、裏で政治屋が絡んでいるなんて事があれば、まず間違いなく実刑をくらう。


 検事や裁判官などは専門家で決してそんなことにはならない?

 本気でそんな事を言うやつはよほどの世間知らずかバカだろう。


 もしそうならば冤罪などないだろうし、司法の冬と呼ばれる裁判官と政治家の馴合いや、検察の捏造による起訴なんてものは夢物語だろうが、現実には数十年も前から繰り返し行われていることだ。


 だとすれば当然マスコミにも手は回っているだろうから、故意に過熱された報道で社会的にも抹殺されるだろう。


 ジャーナリストであることの制約を外れ、自らをマスコミと名乗って恥じない連中のことだ。

 自分でも信じていない正義を振りかざして、嬉々として攻撃してくるのは間違いない。 


 これが気狂いどものデスゲームだとしても、馬鹿の悪ふざけだとしてもオレがそれにつきあう義理はない。


 殺されそうになったから先手を取って殺す?

 馬鹿げた悪戯が二度とできないように灸をすえる?

 それで全てが済むならそれもいいかもしれないが、生憎この世界には明確な終わりなんてものはない。


 歴史を見てみれば、それがよく判るだろう。  

 全てを終わらせるには、全てを殺し尽くさねばならない。

 恐怖で押さえつけたところで、それがいつまで続くか判りはしない。


 何故わざわざ手間をかけて、そんな誰のためにもならないことを、やらなければならない。

 兵士や警官、ヤクザでさえ金にならなければそんなことはしない。

 まして、それを仕事にしていないオレが、そんなことをする理由がなかった。


 名無しネームレス──世界を本気で変えたがっていたオレの師──ならば別だろう。


 悪党を本気で更生させようと考え、クズどもを相手に説得を試みるだろう。


 名無しネームレスの弟子ではあっても、オレは‘ワールデェア’──名無しネームレスの共感者達──ではない。


 だから、こんなふざけた事をして人を陥れようとする‘下種脳’どもの仲間になる気はないし、やつらに自分がしている事を思い知らせてやるつもりだが、それはオレのやりかたでだ。


 ‘ワールデェア’は不正を正そうとして、結果、‘下種脳’に敵視される事はあっても、やつらの敵ではない。


 だが、‘下種脳’はオレの敵で、オレは‘下種脳’の敵だ。


 やつらの非道な悪事を暴き、不正を糾すのは、オレの趣味の一つでライフワークだからだ。



(動きはそこそこ早いがリーチが違う。 追いつかれることはないな)


 猿ならば四足のほうが早いのだろうが鎧なんかでコスプレをしているせいか、それとも中身は人間だったのか二足歩行でレッドキャップは追いかけてくる。


 オレは木立の合間を縫うように駆けながらやつをを引き離していった。


 



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