<ストレンジワールド>~MMOの世界~
「…………」
歩いていると間もなく、辺りの樹がまばらになっていき、オレはその光景を目にすることになった。
森が開けたその先にあったのは、水晶でつくられた小屋だ。
材質を除けば三角屋根の乗った数m.四方の粗末な小屋なのだが、本来、木で作られている部分が色とりどりの水晶でできていた。
外壁となる部分は、黒水晶の巨大な結晶が丸太の代わりとなって組み合わせられ、窓の部分だけが透明な水晶の板になっていて、三角の屋根はアメジストで黄水晶の煙突まで付いている。
ただ一つ水晶でないのは、小屋の唯一の出入り口である飾り気のない扉だけで、そこだけが、おそらくは黒檀だろう黒い重厚な木材でできていた。
ただオレが絶句したのは、それが奇妙な建物だったからではない。
それが、オレの知っている建物だったからだ。
そう。森の中に開けた小さな広場に立つその小屋は、リアルティメィトオンラインで‘隠者の森’と呼ばれるエリアにあるNPCが住む小屋だった。
NPCとはノンプレイヤーキャラクターの略で、RPGにおけるプレイヤー以外のキャラクターのことだが、リアルティメィトオンラインの中では、個別のAIで制御された仮想人格がそれにあたる。
MMOの中ではこの小屋に住んでいるのは‘水晶のアルケミスト’と呼ばれる美女で、プレイヤーに錬金術スキルの一つ授けることになっていたが、もちろんこの小屋の中に誰かがいるとしても、それは‘水晶のアルケミスト’などではないだろう。
こんな建物があるということは、中に誰かがいるとして、それはオレにこんなコスプレをさせた人間。
つまりはオレを拉致させた人間か、その仲間だろう。
これだけのものをつくるのにはかなりの財力が必要になる。
酔狂な金持ちか、それともイカれた権力者か。
もし後者ならそれは最悪だ。
いずれにしろ、人を拉致してこんなとこに連れてくるようなやつだ。
会いたい人物などではない。
(ここは君子危うきに近寄らずだな。得たい虎児がいるでもないしな)
この小屋に入っても得られるのはこんな訳のわからない状況に置かれた理由くらいなものだろう。
理由探しより馬鹿げた状況から逃れる方法を探すのが妥当というものだ。
オレはきびすを返してこの箱庭からの脱出を試みることにした。
どうやら、この箱庭はリアルティメィトオンラインを模したテーマパークらしい。
それだけならいいのだが、問題は、オレがコスプレをしてここにいるということだ。
こうなってくると、今まで否定してきたフィクションじみた現実というやつを、考えなければいけなくなってくる。
可能性は2つ。
一つはオレが酔狂な金持ちに付き合って自分の意思でここにいて、記憶を失っているということ。
もう一つはオレが拉致され、頭のおかしなやつのおもちゃにされているということだ。
初めのほうなら、さしあたっての問題はない。
自分が誰だか判らなくなっている訳じゃない。
オレはオレだ。
どういう理由でここにいるにしろ、急にいなくなったからといって、それで困るようなしがらみなどつくるはずがない。
問題は後のほうだ。
もしそうならば、最悪命の危険がある。
どう考えても、ここは逃げ出すのが正解には違いないのだ。
(しかし、こんな茶番を演じさせようというのはどこのバカだ?)
こんなことをやりそうでこんなことをできるやつといえば……。
オレが自分で付き合ったなら、今度の仕事のクライアントだろう。
宣伝を兼ねてゴルフ場でも改造して、コスプレパーティーでも開いたというところか。
オレもそんなバカをやるのは嫌いではない。
仕事のカタがついたのなら付き合っただろう。
そうでないとして、一番に思い当たるのはアレだろう。
共産主義の皮を被った王朝国家。 南北に分かれた半島国家の一つに君臨する四代目国王。
反乱分子を集めて殺し合わせるゲームをしたとか、自分専用のテーマパークを造っただとか、その手の噂にかかない人物だ。
今まで。本当の意味での共産主義国家など存在したためしがないが、その中でもあの国ほど中身がその本質とかけ離れた国はない。
今までの自称共産主義国家たち、共産主義教を国教にした宗教国家とも共産主義を利用した封建国家とも違う、中世の王朝国家と実情が変わらないあの国ならこんなふざけたまねもできるだろう。
そして、砲艦外交ならぬ核ミサイル外交を常とするあの男ならやりかねないし、なによりあの国には拉致の前例がある。
ローマ帝国の理念を受け継ぐ第三帝国の座をドイツと争い勝利を勝ち取った軍事大国の意向で、あの国へのネガティブキャンペーンが行われていた時期なら無理だろうが、今ならまたそれを行うことも可能だ。
ただそれも、仮定にすらならない想像にすぎない。
実際は何も判っていないのだ。
(まあ常識的に考えればオレの記憶が失くなっているほうが正解なんだろうが)
ただ、完全にそうともいいきれないのが問題だ。
平和な世界の常識が通用しないことがあるのをオレは知っているし、それが元々当たり前のことだということも知っている。
自分がパニックに陥りただ逃げ出そうとしているのではないことを、再確認しながら、オレは歩き続けた。
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