<デスゲームクライシス>~新・MMOの世界~


 





(囲まれたか)


 数分後、レッドキャップを完全に振り切ったオレは新たな危機に直面していた。


 一難去ってまた一難というやつだ。 今度の相手は狼。 それも赤茶色の毛と青い瞳を持つブラッディウルフというやつだ。


 リアルティメイトオンラインでは魔物ではなく野生動物として扱われ、場合によっては飼う事もできる準NPCだが、集団で狩りを行いプレイヤーに襲い掛かってくることもある。


 一匹の戦闘力は最大サイズのシベリア狼といったところだが、かなり高度な戦術ルーチンを持っていてフェイントや同時攻撃、連携攻撃を行ってくる。


 目の前にいるこいつらは、たぶん染毛された狼なのだろうがどこまでのことをやってくるのだろうか?訓練された軍用犬の群れを相手に素手で生き残れる人間はそうはいない。


 こうなる前に樹の上に登っておくべきだったかもしれないが、そうしようとすると一斉に襲い掛かってくる気配をみせるのでたちが悪い。 


(5……6か)


 視点を定めず全周囲を見ながら同時に気配を探ると、一つ大きな気配が右前方にあった。


 気配を探るというと何か超能力的なものを想像するかもしれないが、実際はそんな神秘的なものではない。


 気配とはいわゆる第六感とよばれるもので生き物の存在を感じ取っているにすぎない。


 第六感なんて十分超能力だ?そう思うのは勝手だが世の中ってのは浅そうでけっこう奥が深い。


 ネットや日常なんてものは、そのほんの表面にすぎない。


 経験主義が至上とは言わないが経験でしか得られない智恵というものは確かにあるのだ。


 ボクサーが動態視力を鍛えるように、聴覚、嗅覚、触覚、味覚なども鍛える方法はある。


 その鍛えた全ての感覚を総合的に経験則で統合したものが、第六感と呼ばれるものだ。


 だから気配なんてものは、きちんとした訓練をすれば誰でも感じ取ることができる。


 習得にはそれなりの時間がかかるので一部の例外を除けば現代では実戦でしかそれを得る機会はなくなっているようだが。


 オレはその例外を実践で鍛えたほうで実戦のほうはそう多くは経験していないのだが、それでも、こうまであからさまな気配を逃すことはありえなかった。


 集団で狩りをする動物はリーダーの動向を群れの個々が判断して、連携するので必然としてリーダーは最も大きな存在感を放つのだ。


 特にこの群れのリーダーのそれはまさに群を抜いていた。


  野生動物の使う意思伝達手段も第六感といえる。


  だからこそ気配を読めれば、経験の少ない群れなら連携の裏をかけるのだがここまででそんな隙はなかった。


 リーダーの意思のもと鉄の規律がこの群れにはあった。


 しかし言い換えればそれはリーダーに群れが依存してるとも言える。


 こうなれば最善の手段はリーダーを潰すことだろう。


 そうでなければこの囲みを突破することはできない。


 そう決めたオレはそのままリーダーに突っ込む──のではなく、群れの中で一番弱そうな一匹に向かってダッシュした。


 それに応じるように動く群れをある程度引き付けておいてオレはボスのほうへターンする。


 実戦の最中ごく稀におこる周りがスロー再生でもしているかのような感覚が、いつの間にかオレを包んでいた。


 事故の瞬間や一流の野球選手が絶好調のときに起こるといわれる現象だ。


武術の達人の中でも伝説になるような人物は任意にこの現象を起こせたというが、オレがこれを経験するのはまだ三度めだ。


 一度目は交通事故に巻き込まれたとき、二度目は初めて拳銃で撃たれそうになった時だ。


 どちらも命の危険を感じたときだが、今日はそれほどの危機感はないわりにそれらの時よりも体が自由に動いた。


 こちらに向かって飛びかかってくるリーダーの動きにあわせ、カウンターで急所の鼻面に掌根を固定する。


 ぐぎりとした手ごたえで頚椎が潰れるのを感じ取りながら体を捌くことでリーダーの突進のベクトルを変え、加速させて横から迫ってくる狼たちにぶつける。


 そしてその回転力を利用してオレはリーダーがいた方向にダッシュして囲みを抜け、そのままその場を走り去る。


 追撃があるかと思ったが、リーダーを潰され一時的に混乱しただけでなくそれで怯えたのかしばらくしても後を追ってくる気配はなかった。


 過ぎてみれば一瞬。


 命のやり取りはいつもそんなものだ。


 どんな命もその一瞬の中で生まれ、消えていく。


 弱肉強食なんてものは自然のサイクルを一部だけ切り取って、力で人を服従させたがる連中が都合の良い解釈をしただけの戯言だが、そんな人間社会の風潮とは関わりなく野生動物の間では命のやり取りは日常だ。


 では今のこれはどうだろう?


 赤い狼なんてものは染毛でもしない限り存在しない。


 オレの命を狙ってきたという確信はないが、いよいよきなくさくなってきたのは間違いない。


 命を弄ぶ最凶の遊戯。 人を使ったRPGごっこ。 デスゲーム。 その不吉な言葉がオレの頭を横切っていった。


(もしそうならオレは狩られる立場なのか?)


 ゲームを忠実に再現するのならプレイヤーは魔物を狩る立場なのだが、頭のおかしなやつにその理屈が通じるかどうか。


 通じたとしても今までの狼やレッドキャップはオレと戦わせるために用意されたのは確かだろう。


(とすればあいつらと出遭ったのは偶然か?)


 狼はオレのにおいを覚えさせて後を追わせたのかもしれないがあの小人の方はどうだろう?


 そう考えると、ふとこの服装が気になった。

 

(発信機でもしかけてないだろうな?)


  仕掛けるとすれば…………腕環だろうか?


 靴の底ということも考えられるが戦闘などのことを考えれば壊れにくい場所に仕掛けるだろう。


 オレは歩みを止めず腕にはまった金属を調べる。


 腕環は掛け金をずらすことで広がるタイプのようで、しばらく弄っているとパチリと音をたててオレの手首から外れた。


 オレはそれを放り捨てると足を速めていった。



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