第730話 第3章 1-4 マイカの岩牢
アーリーが足跡をつけて屋内へ入り、床の中央へ片膝をついて屈むと床板をギシギシと押し始めた。すると、バネ仕掛けで一枚の床板がバチンと音を立てて跳ね上がる。決められた手順で何枚かの床板を押すとこうなる仕掛けだ。そこに鍵穴があり、アーリーは腰の麻袋より鍵を出すと穴へ入れ、捻った。とたん、またガゴン、という鈍い音と共に大きく床板が真四角にずれ、取手も現れる。アーリーが取手を掴み、一気に引き上げるや、機械式にゴロゴロと三重の扉が開き、階段がせり上がって出現した。
レラがヒュウ、と口笛を吹いた。
「こっちだ」
アーリーが身を屈めて先に入る。レラは小柄なので、そのまま階段を下りることができた。二人が一定の距離を進むと、隠し階段の入り口が自動で閉まり、真っ暗となった。
が、二人ともガリア遣いだ。
アーリーがその手より火の玉を出し、掌の上で燃やしつける。それが明かりとなって空洞を通る風にゆらめいた。レラも、その頭上に青白い光を放つ小さな電気の球を浮かべた。カンナの球電よりずっと小さかったが、まるでLEDめいて白く冷たく光り、足元まで照らしつけた。
しばらく下へ降りるとやがて水平の通路となった。そのまま進み、何度か折れ曲がると今度は上へ行く階段となった。階段も何度か直角に曲がって上り続け、やがて天井が突き当たる。
またアーリーが見上げる格好で天井へ手をやり、鍵穴へ鍵を入れると天井が音を立てて横へずれて開いた。
階段を上ると、そこは天井が高く広い空間で、ぼんやりと明るかった。光源は、祭壇めいて部屋の奥の壁際にある大きな岩の塊だった。岩にはまるでスイカを刃物で切ったような数本のスリットがあり、その隙間がオレンジ色に鈍く光っている。
マイカの岩牢だ。
牢というが、マイカは自らこの岩の中の液体に入り、ガリアの力で内側より完璧に固定し休眠している。
その後に、ウガマールでこの建物を周囲に建てた。
しかし、岩牢の上から天井にかけて太い縄のような線が何本も伸びており、それが高い天井の暗闇へ消えている。
「あれって……」
「あの線は調整室につながっている」
アーリーは、それしか云わなかった。
これはそのための装置の一部だが、何がどうなっているのかはアーリーもまるで分からないので、それ以上は何も云わない。
「なんでもいいさ。この中に翠竜のダールがいるのか?」
「のぞいてみろ」
云われ、レラが巨大なスイカめいた縦長の岩石へ近寄る。下部は床へ埋めこまれる形で一体になっている。隙間はひび割れではなく、ナイフで切ったようにきれいな線だった。オレンジの淡い光が漏れる隙間へ顔を近づけると、ゆらゆらと液体が中に詰まっている。しかし、触れることができ、まるでゼリーのようにゲル状だった。そして、その中に、全裸で黒髪の長い年のころは二十代なかごろの女性が浮かんでねむっている。マイカだ。
「どことなく、姉貴やあたしに似てるな」
「黒竜のダールにも似ている」
「そうなんだ」
その、瞬間。
グラリ、とその岩牢がスリットより重さで揺らいだ。
「!?」
アーリーも焦った。まったく予期していなかった。声も出ずに硬直したが、まるで開きかけの花のような姿で巨大な岩が空中にピタリと止まり、その中身であるオレンジ色の水柱が立っていた。
「ム……!」
アーリーが息をのむ。レラも慌てて離れ、その光の水柱を凝視した。
長い黒髪がゆらめいて、水の中のマイカが動いていた。眼をゆっくりと開け、両手を水平に大きく伸ばしている。
すぐに、水柱を固定している重力が解け、大量の水流が岩へ当たって砕けながら滝となって床を濡らした。同時に空中で止まっていた岩もそのまま床へ落ちる。あまりの重さに床石が砕け、部屋が……いや、建物が揺らいだ。
光が消え、漆黒となったのでアーリーとレラがほぼ同時に炎と球電を出して照らしつける。
岩の中心部分でまぶしそうにその光を手で遮り、濡れねずみのマイカがウガマール語で云った。
「私は、どれほど寝てましたかね?」
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