第708話 第2章 4-3 小竜来る
デリナの声が何重にも重なって聞こえた。風上にいても、その毒が聴覚を犯しているのだ。
「この程度では、ダールの天限儀は封じても、その効果は完全には防げないみたいよ……今後の研究に活かすことね」
聖地から黄竜のダールが消えて数百年。また対天限儀器の研究が始まって数十年。人間の天限儀は封じても、ダールのそれは完全には封じることはできていない。それに気づきもしなかった。
忍者たちが慌てて距離を取ろうとしたが、既に毒を吸っていたようで足がもつれる。呼吸もうまくゆかず、心臓が爆発しそうになる。
「そんな……!」
殺すのに刃物すらいらない。デリナが漆黒の毒気をまとって忍者へ近づくだけで、眼、耳、鼻、口からとんでもない量の血を噴き出して絶命する。それほどの毒だ。あまりの衝撃と恐怖で、さしもの忍者が泣き叫んで次々に死んでゆく。
ついに、首領を含め、たまたま風上にいた四人ほどを残し、全員が死んでしまった。
デリナ、残った四人へ髑髏の眼窩めいて真っ黒に光る目を向け、両手を下段に構え、死神めいて歩き出す。
忍者たちは背筋が凍りついた。
が……。
「!?」
デリナが焦って周囲を見回した。
今しがた死んだばかりの忍者が、ぼたぼたと血を流しながら次々に起き上がる。斜面を転がって行ってしまった者が、蘇って這い上ってくる。
竜まで唸りながらガクガクと復活した。
「う、うッ……!」
デリナが周囲を探す。
死者をよみがえらせる力……ガラネルに他ならない。
「ガラネル、出てきなさい!」
デリナがどこへとも向けずに、牙を剥いて叫ぶ。
「デリー……いつのまにアーリーとお友達に戻ったのかしら?」
少し離れた場所の木の上より、ガラネルとヒチリ=キリアが跳び下りた。
忍者たち、焦りつつも、正直に助かったという心持ちにもなる。しかし、ガラネルはそれを許さない。ガラネルが先にデリナを確保するには、忍者たちには消えてもらわなくては。
ガラネルがほんの少し竜の血を開放するだけで、その牙は人間の頭蓋骨など煎餅がごとくかみ砕き、その竜の爪は人間の肉体を朽木がごとく破壊する。まして、デリナの毒で足のもつれている忍者など……。
たったいまできた新しい死体も、ゆっくりと起き上がる。ガラネルが、死体たちにデリナを押さえつけさせる。デリナもダール、その竜の力を開放すればこんな忍者など敵でもないが、相手は死体だ。自らの肉体の破壊なども厭わずに、限界を超えた力で掴みかかり、その鎖をからめ、網をかける。死体には、毒も効かない。長い脚をとられてバランスを崩し、ひっくり返って斜面を転がり落ちた。
すかさずガラネルも動く。途中に突き出た岩へしたたか背中を打って呻くデリナめがけてとびかかり、腹を打ち据えて気絶せしめた。
「……やったか」
ヒチリ=キリアが側でのぞきこむ。
「手のかかる子ねえ。運ぶのを手伝ってちょうだい。まったく、身体ばっかり大きいんだから……」
二人がかりでデリナを抱え、素早く
その日、まだ心の整理がつかずともいよいよ出撃を三日後に控え、マレッティは少しでも精神を落ち着けるためにたまたまホレイサン=スタル公使館のに庭を散歩していた。ため息をつきつき、あれから目覚めて闇の中をどこかへ帰っていったデリナを思い浮かべる。その、自分の知らない無防備な寝顔を撫でていて、マレッティの心は確かに癒され、落ち着きを取り戻していた。
(デリナ様……)
なんとかしなくては、デリナは死ぬ。それを防ぐ一角を自分が担っている。マレッティは静かにガリアを研ぎすましていた。
と……。
初夏の白い雲に北の澄んだ青空が切り取っていた。遠く湖の対岸には高い山々も見え、この湖がよほど山深い場所にあることを意味している。その白い雲の中に、一匹の鳥が何匹もの大きな鷲のような鳥に襲われ、逃げまどっているのが見えた。
だが、鳥ではない。
「……!!」
竜だ。連絡用の一匹の真っ黒い小竜が五匹もの中型の森林竜に、襲われ逃げまどいながらもこちらへ近づいてくる。
しかも、その小竜……。
「デリナ様!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます