第703話 第2章 3-3 デリナ暗夜行

 「おかげさまでバグルスの数はそろえてもらったから、あとはうまく配するだけよ。戦力を分散させて、時間を稼ぐから。その隙に秘儀を頼んだわよ」


 「倒さぬのか」

 「倒せるわけないでしょう、あんなバグルスの千体や二千体で」


 それくらいは分かれや、と思ったが、審神者さにわたちは信じられないという目つきでざわざわと囁きだした。デリナのみが、眼をつむってじっとしている。


 「時間を稼いでどうする」

 「真の神と紛い物の竜眞人りゅうのまひとと、どっちが強いと?」

 「なんと……」


 ようやく審神者たちもガラネルの作戦の意味を解したようで、四人側と三人側でそれぞれなるほどと頷くものと首を振る者に二分された。


 「さすがに、そこまでの相手であればそれが最も良い方法であろう!」

 と、

 「神を利用しようなどと畏れ多い!!」

 とに分かれたのである。


 ガラネルは審神者どもがどう思おうと知ったことではなかったので、とにかく降誕の儀だけしっかりやってくれとしか云わなかった。


 そして、さっさと密儀を強制的に終了させたのだった。



 残った審神者たちが憤慨あるいは呆れたのは当然と云えたが、長老とギョロ眼がいそいそと別室に消えたので、残された審神者たちは普段あれだけいがみあっている二人が珍しいこともあるものだといぶかしがった。特に、アチヤ=ナムメ皇子からディスケル皇太子、そしてカンナへ通じていると考えられるデリナに勘繰られるのはさすがまずいと、大柄な長老の補佐が口を開いた。


 「もはや、我らが三人と四人で反目している場合ではない。九百九十九年に一度しかない竜神降誕の儀だぞ。お二人には協力して重大事に当たるよう、私から言上申し上げ、お二人は既に和解しているのだ」


 そりゃ初耳だと三人が驚く。デリナのフードの奥のメガネが白く光った。



 「なにか企んでるわ、連中」


 その夜、さっそく天御中あめのみなかのダールの宿舎を密かに訪れたデリナ、酒を呑んでいたガラネルとヒチリ=キリアへ密告する。


 「なにかって何よ。あんな連中になにができると?」

 昼間のこともあってガラネルは不機嫌だった。


 「放っておけと?」

 「ほっとけばいいのよ」

 「ほんとに?」

 「もうあんな奴らの話はやめてちょうだい、お酒がまずくなるわ!」


 ガラネルはそう怒鳴るとガチャンと膳を鳴らして杯を置き、風呂へ行ってしまった。口を歪めてデリナがリネットの姿のヒチリ= キリアを見やる。ヒチリ=キリアは肩をすくめるだけだった。


 「ガラネルがそう云うのなら、私に何も云う事はないわ」

 デリナは、さっさと宿舎を辞した。


 その足で、天御中を出て山を越える。駐ピ=パ・ホレイサン公使……つまりくるの皇子みこへ会いに行ったのである。


 ピ=パの審神者というのは不思議な存在で、天御中から一歩も出ないで日々神事を行っているのも事実なのだが、そのベールを脱げば世俗へ戻りそれぞれ一般人として働いて暮らしている。確かに、審神者一族というのが何家かあって、ディスケル皇帝家やホレイサン竜人皇家とも遠い縁戚である。審神者は、常にそれらの家から選ばれ神事のみを行って暮らしてゆける。だが生まれてからずっと審神者として育っているわけでもなく……たまには世俗へ戻って普通に暮らしている。


 つまり、天御中へ常に審神者たちが何人も居座っているものではない。神事や行事、会議が終われば残務や他の仕事で天御中へ残ったり世俗へ帰ったりというわけで、いま、両ダールとデリナしか天御中には常駐していない。


 デリナは他の審神者たちが全員いなくなったタイミングを見計らって、ひとり静かに移動を開始した。


 なにせ、ダールである。バグルスの雑司ぞうしなど、視線だけで操ることができる。山中を警護するバグルス達はデリナを見なかったことにするし、人間の雑司だとしても訳ありと察して余計なことは云わない。うかつに報告すれば死の可能性が高いことくらい、天御中で仕事を続けてきて容易に判断できる。神の言葉を直接伝える審神者同士の軋轢は、余人の想像を超えている。


 深夜ともなれば夜通し松明の掲げられる聖地の大通り以外ほぼ暗黒が支配するこの島で、デリナは闇を見通す黒竜の目とダールとしての身体能力をもって難なく山越えを行い、ディスケル皇太子たちの滞在する迎賓殿とは反対側のピ=パ駐在ホレイサン=スタル公使館を訪れた。公使が置かれているのはホレイサン=スタルだけであり、聖地とホレイサン=スタルを直結しているだけではなく、他国が聖地を公式に訪れるための段取りは全てホレイサン=スタルを通して行われるため、重要な役割を担っている。当然、公式訪問中のディスケル皇太子御一行とも綿密にやり取りを行う。つまり、狂皇子がディスケル皇太子を頻繁に訪れるのは、むしろ問題がないのであった。

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