第700話 第2章 2-4 地下墳墓めいた空間

 「世界が変わる可能性があるのだな。元に戻るという云い方が正しいのかもしれないが。それをバスクスが妨害しようとしているのか」


 「あたしたちの大義はそこよ」


 ガラネルが先に立ち、暗闇へ入って行く。ヒチリ=キリアも続くと、なんと入り口が音たてて閉まった。先ほどのバグルス製造施設と異なり完全なる漆黒だが、二人ともダール、そして天限儀の力で眼がそれぞれ薄紫色と黄金色に輝いた。カンナやレラが、そのガリアの力を映して眼が輝くのと同じだった。本来、それはダールの力なのだ。


 うすぼんやりとした光を放ち、二人は地下へ下り続けた。再び湖底のさらに下まで来たであろう距離を進むと、そこそこ広い巨石で囲まれた地下空間に出た。まるで地下墳墓……いや、古墳だ。


 「金銀財宝でもあるとおもったが……殺風景だな」

 ヒチリ=キリアの声がかすかに響く。

 「お待たせ、デリー」


 ガラネルがそう云い、ヒチリ=キリアは初めて先客のいたことを知った。部屋の片隅に背の大きな女性が立っていた。先日の密儀で、四人側の審神者さにわたちの末席にいた女性だ。覆面の隙間の眼の出る場所の両目が、黒を反転させて闇を吸い取り、逆に白く光っている。


 女性が、その審神者たちのかぶる独特の覆面とフードをとった。


 カンナを彷彿とさせる白い漆喰肌に肩でそろえた漆黒の波打つ髪、そして丸い眼鏡の女性だった。雰囲気が物静かで、書生然としている。


 「紹介するわ。黒竜のダール、バーレクデーリィーナーンダラァーよ」

 「はじめまして。お会いできて光栄です、黄竜殿」


 「……ヒチリ=キリア……カル=ワケヒチリカナム=キリルノミコだ。姿は異なるがな」


 互いに真っ暗の中、挨拶をする。

 「どう? デリー。天限儀の調子は」

 「よくわからないわ。私の槍がどう変化したのか……」

 「ま、じっさいに鍵を使うのは黄竜の役目」

 ガラネルがヒチリ=キリアを見やった。

 「すると、ここが?」

 「そうよ」

 ガラネルが腕を組んで二人を睥睨した。


 「ここが古代の秘神殿跡。ここで神代の蓋を開き、竜神を現世へ顕現させ、その声を審神者たちが直接聴いていた、その場所よ」


 「本当か? こんなところで?」

 ヒチリ=キリアが、やはり信じられないという半笑い顔で云う。


 「現代人の常識で、当時の人々の儀式は推し量れないわ。貴女の疑念は、どこから出ているの?」


 「狭すぎる。我とて黄竜のダールだぞ。古代の秘儀を実際に担う役。文献でも、竜泰斗殿のような神山の山頂や、ピ=パの湖上古神殿のような、天の開けた広大な場所で行っている。それへ比べてなんだ、ここは! こんな穴倉で竜神など呼び出せるというのか!? 信じろというほうがどうかしているぞ!」


 「それは、ごもっとも」

 意外やガラネル、その疑念をいったんすべて肯定する。なぜならば、

 「あたしも、さいしょはそう思ったからね」

 そして、ヒチリ=キリアも瞠目する鋭い視線をなげかけ、


 「でも現実はここ。神話や伝承の竜神の姿を盲信していない? 山みたいに大きな、天を流れる川のごときその姿……それは私たちがそうあってほしいという願いを神が受け取って見せているだけ……真の神は……というより、私たちがそう望めば……神など少女の姿でもいいし、蛇みたいな大きさでもいいし……つまり、ここで充分なのよ」


 「はあ!?」


 リネットの顔でヒチリ=キリアが鼻っ柱をゆがめる。何を云っているのか理解できないというふうが、ありありと見てとれた。


 「神が人の姿で現れるというのか」

 「人がそれを望めばね」

 「ご都合のよいことだ」


 「じゃあ、このさらに地下へ、巨大な三輝さんき綺晶きしょうが埋まっているとしたら? この小島に匹敵する大きさの」


 「…………!」


 それには、さしものヒチリ=キリアも色が変わった。それがどういう意味をもつのか思案しつつ、ガラネルの様子を窺う。


 「そいつが、何か関係あるのか?」


 「そもそも天限儀を打ち消すような石よ。神を降誕させるためにも、重要な力が働いていると仮定したら?」

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