第696話 第2章 1-5 先代の紫竜のダール

 「で、どうやって倒す?」

 またガラネルがおし黙る。眼を細めて、じっとりとヒチリ=キリアをみつめた。


 ヒチリ=キリアは楽しそうにそんなガラネルを見つめ返しながら杯を重ねる。

 「……当ててやろうか」

 「当ててもらわなくてもけっこうよ。分かってるんでしょう?」


 「神に倒させる」

 「それしかないでしょう」

 「そこまでか!」

 ヒチリ=キリアが声を出して笑う。


 「本気で云っているのか、おまえ!!」

 「あんたこそ、あの子の本気を観てないから、そんなことが云えるのよ」

 「竜眞人りゅうのまひとか……竜創記の話だぞ」


 「ウガマールで神代の蓋を開いて、こっちに来てんのよ!?」

 「そりゃ、たいしたもんだ」


 ヒチリ=キリアが酒の代わりを命じ、雑司が無言でたちはたらく。もう五合はのんでいる。


 「その竜眞人の再来が、ガリアムス・バグルスクスよ。二千年だか千五百だか前に、むこうの竜皇神りゅうおうじんをことごとく封神ほうじんしたという……」


 ヒチリ=キリアが心底感心したように首を振った。


 「それ自体がもはや神話だな。そんなやつが再び現れたというのなら、できれば、私もそいつと神との戦いの結果を見てみたいが……かなわんだろうな」


 「そりゃ、あんたはこっちで神代の蓋を開いたら用なしだからね。というか、あたしの術が自動的に切れるから、あの世に逆戻りよ」


 「そいつは、仕方のないことだ。こうして再びうまいものを食ってのむことができているだけで感謝している」


 ヒチリ=キリアが頭を下げる。ガラネルは意表をつかれた。

 「酔ってんの、あんた」

 「いや……」


 ヒチリ=キリアは、行灯あんどんの明かりがぼんやりと映る杯の酒をじっとみつめだした。


 「私の知っている紫竜のダールは、たぶんおまえの先代なのだろうが……ハーンウルムの奥地から一歩も出ないやつでな……変わった女だった。二百二十年間で一度しか会ったことが無かったが……物静かで……といえば聞こえが良いが……亡霊みたいなやつだったよ。それに比べると、おまえはずいぶん闊達で活動的だと思ってな」


 「知ってるわよ。私、その人のお葬式に出たもの。十かそこらだったけど。その後に、私がダールとして発現したから。百三十年くらい前かな」


 「ほう」

 ガラネルも、どこか見えない遠くをみつめ、ぐいと杯をあおる。


 「あの人は、研究者だったのよ。ダールというよりね。ダールとしての仕事はほとんどしなかったけど、研究者として残した仕事は膨大だわ。あの月の神殿に、全部その成果が残ってた……。あんたがいまここで酒のんでるのも、あの人が竜創記の秘術をほぼぜんぶ現代に蘇らせたおかげよ。それに竜神降誕の秘儀も、あの人の残した解説書が無ければ竜神の復活なんてあり得ないし、なにより星巡りの計算式を再発見したのは彼女なのよ。その式が無ければ、九百九十九年に一度の星の日を割り出せなかった」


 「そいつはすごい」

 ヒチリ=キリアは素直に感嘆した。

 「聖地がお前を特別に扱うわけだな」


 ガラネルが不敵な笑みを浮かべたが、何も云わなかったのでヒチリ=キリアも追求しなかった。


 ふと見ると、障子の向こうがぼんやりと明るい。先ほどまで障子の向こうは真っ暗な湖面しかなかったが、月が湖面へ照り返しているのだろう。


 二人はしばし、その障子越しの月明かりを肴にのんだ。

 梟が鳴いている。



 2


 翌日は、晴れていた。


 ガラネルはヒチリ=キリアを連れ、聖地本島から少し離れた小島へ向かった。ハーンウルムよりここまで来た紫月竜しげつりゅうへ乗り、天御中あめのみなかの竜待機場から飛び立って目と鼻の先だ。ここは天御中の人間しか立ち入ることのできない小島の一つで、船か竜でしか訪れることはできない。漁師や間者がいくらでも行けるように見えるが、水中へ警護のバグルスがウヨウヨしているのが見てとれるため、誰も近づかない。また聖地を含むホレイサン=スタル西部では、一般人は竜に乗ることを禁止されている。


 中身がバグルスの雑司が誘導し、湖畔の広場へ竜を降ろす。職員に出迎えられ、山の中へ入って行く。小島といっても百人ほどが住んでいる。すべて研究員と雑司だ。一般人は一人もいない。


 「こんなところでバグルスを造っていたとはな」

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