第689話 第1章 6-1 魂魄の無い物

 「……う、ぐゥ!」

 さすがに対応しきれぬ。

 スティッキィの殺意が増せば増すほど星が増える。


 あまりのスティッキィの猛攻に忍者は防戦一方、ついに複数の闇星あんせいが鎖分銅を地面へ打ち付け、それを固定した。天限儀の鎖なので自在に伸びるのだが、天限儀=ガリアは心の発露である。動揺した心に天限儀てんげんぎが反応し、固まってしまった。


 「おのれ!」


 さすがに冷や汗をかきつつ、鎌を振りかざして果敢に前へ出る。この暗殺部隊は、炸薬弾は装備していない。離れているとはいえ市街地近くで爆裂音はまずいと命令を下したものが判断したのだ。


 すかさずスティッキィが身を沈め、下段から細身剣を振り上げつつ手首のスナップを利かせる。ヒュバァ!! 鋼鉄の剣身がしなってうなりをあげ、鎌を持つ右手首を的確に切り裂いた。


 「ギャッ…!」


 健と血管を切断され、くノ一が呻く。半歩下がって半身になりつつ、下がったとみせかけてカウンターの左手で棒手裏剣を逆手持ちにし、攻撃の後で硬直しているスティッキィめがけて振りかぶって突き刺した。


 刹那、その忍者の延髄めがけ、ばっくりと大型ナイフが食いこむ。云うまでも無く、瞬間移動で出現したライバだった……。


 同時に、十幾つもの大小の闇の星が女忍者の額からへその下まで突き刺さった。

 前後に致命的な攻撃を受け、一撃で絶命し、がくりと膝から崩れて横倒しになる。


 「ライバ!」

 「スティッキィ、皇太子さんのところにも敵が!」

 云うが、瞬間移動のためにライバがスティッキィの腕をとる。

 「カンナちゃんは!?」

 「あたいらがいても足手まといに!」


 それもそうだとスティッキィ、チラリと稲妻を振り上げるカンナを見て、そのままライバと共に皇太子の元へ急ぐ。



 6


 カンナは唸り声を上げて自分を威嚇する未知のバグルスへ集中し、背後でスティッキィたちと暗殺者がどうやって戦っているのか把握する余裕がなかった。これまでのバグルスは人としての意識を持っている高完成度になればなるほどつるりとした肌理きめの細かな純白の鱗肌が美しく、遠目には色白の人間にしか見えない。そう、自分やレラのような……。


 だが眼前のこれは知っているバグルスの倍もの体格に、ただでさえ全身をワニのようなごつい鱗が覆い、その上に特殊に発達した鱗が装甲めいて張りついて、まるで鎧武者だ。アーリーの攻撃すら弾き返しそうな防御に、その両手の爪はまさに竜そのもの。さらに耳まで裂けんばかりの大口には人間の頭蓋骨などクッキーより簡単に砕きそうな力を秘め、既に火がチラチラと吹き上がっている。太く頑丈そうな角が頭より三本突き出て、眼や全身の発光器が蛍光の赤や黄色に光っている。背中から続く棘めいた背鰭が尾の先まであって、その先端が棘だらけのコブになっているではないか。あれで薙ぎ倒されるだけで、人間の二十人はひしゃげてぶっ飛んでゆくだろう。


 だがカンナの強さ、恐ろしさは単純な力でないことは、もう読者諸氏も充分に把握されていることと思う。


 黒剣が急激に共鳴を高め、バグルスの魂とつながろうとする。この程度の相手、すぐさま共鳴できるはずだった。


 「……?」


 だがカンナ、戸惑った。まるで手ごたえがない……バグルスに、共鳴をする魂が無い。魂魄が無いのだ。では、目の前で生きて動いているこのバグルスは、どうやって生きているのか!?


 「ゴゥルア!」


 咆哮と共にバグルスがカンナを襲う。レラをも怯ませた凄まじい共鳴波が黒剣を通して噴出するが、このバグルスは意にも介していない。久しぶりに雷紋らいもん黒曜こくよう共鳴剣きょうめいけんが自動でカンナを護る。音圧が膨れ上がり、圧縮してクッションとなった。バグルスの岩をも引き裂く掌撃が、空中で止まって受け流される。


 バグルス、しかしその状況が理解できていない。ただ機械的に、カンナを探して見つけ、自動的に攻撃しているようにしか見えぬ。攻撃するたびにカンナの音圧に弾かれてしまう。その偉容に最初は恐怖や動揺もあったカンナだが、様子が違うことに気づく。


 「……!?」


 これは、技がどうこうではなく力づくで倒してしまわなくてはならない相手ではないか? そう感じた。ならば、


 バツッ! ビュジュウァ!


 黒剣とカンナを中心に稲妻がほとばしり出る。共鳴はないが、それでも単独でここまで雷撃を操ることができるようになった。あまりに電気がほとばしったので、忍者の何人かを巻きこんだのはご愛敬だ。

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