第639話 第3章 4-1 招待

 「勝手に入っちゃいけなかったり、通れない廊下があったりするんだって。それに、絵図の作製は禁止されてるんだってさ」


 「暗殺防止か……」

 「そういうことだな。どうする?」


 「下手に尻尾をつかまれて皇太子や皇太子妃に迷惑はかけられないわあ。残らない形でなんとか毎度毎度絵図にして、頭に叩きこむしかない」


 「こいつの出番だな」

 ライバが手にしたのは、小石のような白い塊……白墨チョークだった。

 「どこで手に入れたのよお」

 「納戸というか、物置。こいつもあったぞ」


 濃い緑に塗られた板……大きめのノートサイズの黒板だ。そして羅紗布らしゃふの黒板消し。それはカンナも見たことがあった。ウガマールの奥院宮おくいんのみやにあって、教授たちが授業で使っていた。つまり、サティラウトウ文化圏のものだ。


 「なんでもうちらのものを手に入れたはいいけど、使わないでしまっておいてるのねえ」

 「あたいたちには有り難いさ。まずね……」

 ライバが大まかに調べた限りで後宮の様子を描く。


 後宮は、平屋造りのアパートのようなもので、複雑に廊下でつながれた部屋が何十もある。何度か建て直され、その都度規模が小さくなっていったという。いまは、三十ほど部屋があるようだが、後宮姫こうきゅうきはスティッキィで二十人目なので、まだ余っている状態だ。ひとつの部屋に姫の部屋と使用人の部屋が仕切られている。使用人の数に応じて、大きい部屋とそうでも無い部屋とがある。夫人たちは別棟に暮らしているという。何せ土地自体が山の斜面なので、立体的につながっており階段も多い。スティッキィの部屋から一番近いのがなんとかという地味な姫で、使用人もおらず寂しく独り暮らしをしていた。


 「だけど、たまに人が入っているんだよ」

 「だれよお?」

 「警護の隊長さんらしいんだけど……」

 「なんで警護隊長が?」

 「同郷なんだって」

 「ふうん」


 きっと、寂しさを紛らわすために仲よくなったのだろう。考えられる話で、特に怪しい素振りはない。


 「他には?」


 「まだ調べてる最中……なにせ、怪しまれないようにやってるし、こっちはガリアを遣えないないからね」


 そりゃ、瞬間移動だ。遣えたらそんな楽なことは無い。

 「そおよねえ」

 と、人が訪れたのであわてて黒板を消した。カンナが出迎える。マオン=ランだった。

 「もう、起き上がってもよろしゅうございますか」

 「何かありました?」

 マオン=ランがいそいそと近づいてきて、小声を発した。

 「トァン=ルゥ様より、お茶のご招待が」


 三人が緊張する。さっそく、接触してきてくれた。きっと、部屋でアーリーの密命を伝えてくれるだろう。


 「お受けすると伝えてちょうだい!」

 マオン=ランが礼をし、下がった。


 翌日の昼前に、三人でさっそくトァン=ルゥの部屋へ向かう。夫人になると離れを与えられる。マオン=ランの案内により、長い通路と階段を何回も曲がりながら通って幾つもある裏口のひとつから庭に出て、しばし歩く。この道筋も身分や序列によってふだんは通れない場所などが厳格に決まっており、招待されると通れるなど決まり事が多数ある。山道を歩いていると竹林と草原の広い空間が木々の合間より忽然と現れ、瀟洒しょうしゃな二階建ての庵めいた離れがあった。第三夫人の離れだ。近くに長屋があり、九人の下女が住んでいる。また、八人の護衛官が庵の周囲や夫人の身の周りを常に護っていた。全て実家……というより藩王家より派遣されたカンチュルク人だ。


 「ずいぶんものものしいわねえ」

 スティッキィも驚く。

 礼をして庵の玄関へ入ると、正装に着飾ったトゥアン=ルゥが出迎えてくれた。


 「ようこそ。さあ、中へ」

 部屋へ通される。

 「間者も曲者もいない。安心して話をしてください!」

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