第638話 第3章 3-7 筋肉痛

 だが何人か自分で食べている姫もいた。これは、食べさせてもらうほどの身分ではないのか、単に面倒なので自分で食べているのかわからない。これも後で聴いたところによると、なんと実家が貧しく、下賜金かしきんだけでは下女を雇う余裕がないのだという。


 「えっ、下女って自分で雇ってんの!?」

 その時、思わずスティッキィがそう口にしたが、それが習慣なのだそうな……。


 それはそうと、スティッキィはさっそくカンナを探した。いまこそカンナの「箸力はしりょく」を見せつける時だ。


 「カンナちゃん、カンナちゃん!」

 スティッキィがささやく。すぐ後ろからカンナが寄ってきた。

 「なに……じゃなくて、何でしょう」

 「ちょっとこれ少し食べたいんですけど~」

 「おまかせくださいな~」


 楽しそうにカンナが横に侍り、長い箸で鶏卵を練りこんだ皮のきれいな黄色い焼売をひとつとると、スティッキィの口へ入れてやった。


 「えへへ、おいしい?」

 「う~ん……美味しい」

 「じゃ、次、これはどう~?」


 「どれどれ~? ……いや、ちょっとホントに美味しい……さすが、宮廷よねえ。カンナちゃんも食べたら?」


 「いや……わたしはいいよ。スティッキィ、食べて。疲れてるんだから」

 「カンナちゃん……ありがと。じゃ、遠慮なく、その炒めものが食べたいな~」

 「はいは~い」


 などと、二人が楽しそうにしている間もライバは油断なく周囲を暗殺者の眼で観察していた。すなわち、こちらを同じように暗殺者の眼で観察している者を探している。


 (ベウリー……カルンとそのお付き……怪しいそぶりはない……)


 チラッとトァン=ルゥを見ると、むこうもチラリとこちらを見ていて、小さくうなずいたのでうなずき返した。


 (あの人とは、なるべく早く打ち合わせを行おう……)

 スティッキィと同じことを考える。

 その時、ライバは殺気に身をすくめた。


 暗殺者をやっていたころにときたま感じた、逆に暗殺されるときに特有の殺気だ。

 慌てずにその殺気の出所を探したが、まるで分らなかった。

 やがて、殺気が消える。ライバは、びっしょりと背中に汗をかいていた。

 (とんでもないやつが紛れてるな……)

 そら恐ろしくなった。


 そのうちに時間が来て、スティッキィの二回目のお色直しとなった。また同じように時間をかけて着替え、次は新緑めいた碧色を基調とした装束で、少し西方のデザインも入った不思議なものだった。スティッキィのために新調したのだという。


 「この短期間でえ!?」

 スティッキィは驚いた。


 三回目の登場後は逆にスティッキィが次々に酌を受ける番となった。ただし、姫だけで、皇太子妃と両夫人は動かない。スティッキィは懸命にアイナを見極めようとしたが、名乗ったり名乗らなかったりで誰が誰だか分からなかった。


 それからは何事も無く宴がすぎ、深夜近くにようやく新後宮姫しんこうきゅうきの披露宴は終わった。


 スティッキィは疲れ果て、着替えて自室に戻ると比喩や冗談ではなく本当に気絶してしまった。



 4


 翌日もスティッキィは動けなかった。緊張が解けたのと、筋肉痛に襲われたためだ。重い衣裳で踊ったのが効いた。武道の達人の暗殺者とはいえ、ふだん使わない筋肉をたっぷりと使ったようだ。


 ライバとカンナが甲斐甲斐しく世話をして、その翌日にはなんとか起き上がれるようになった。


 「イタ……」


 特に腕や背中の筋肉痛がひどいという。湿布を貼って、カンナに粥を食べさせてもらう。


 「いい加減、自分で食べれるんじゃないのか!?」

 ライバが呆れて小言を云った。

 「ただの筋肉痛だろ!?」


 「うるさいわねえ。いいじゃないのよお」

 スティッキィが頬を膨らませる。

 「それより、他の姫たちの部屋割りはつかんだのお?」


 ライバは、諸々の雑用を足すついでに後宮全体の間取りを調べていた。もちろん、マオン=ランからも話を聞く。しかし、マオン=ランも詳しくは分からない部分があるのだという。


 「どういうこと?」

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