第623話 第2章 3-3 紫竜の娘

 「ああ、いま行くよ」


 階段と通路を幾つも通り、ガラネル達がやってきたのは、神殿の屋上近くにある最上階の部屋だった。神官が部屋の鍵を開け、重そうな扉が開く。中は明るく、清潔で立派な装飾の部屋だった。


 「…………」

 だが、レストは気づいた。この立派な部屋は、獄だ、と。


 中で、レストより少し年下に見える少女が絹の真っ白な装束に包まれて、敷物の上に座り本を読んでいた。ガラネルと同じ少し茶色な長い黒髪はふわふわにくせ毛で、その面立ちも似ている。


 「……お母さまなの?」

 ドアが開くのを認めた少女が顔を上げ、目を丸くしてつぶやいた。

 「三年ぶりね、ストラ。覚えてた?」

 「お母さま!」


 少女が跳ね上がるように立ち、ガラネルへ走ってとびついた。ガラネルが、しっかりと抱き寄せる。


 二人は涙を浮かべ、しばし親子の再開に浸った。

 レストが、それは珍しい光景を見たという顔で、茫然とみつめていた。

 まさか、ガラネルに子供がいたとは……だ。


 「ダールはね」

 リネットが、硬い声を小さく出す。レストは、リネットを眼だけで見上げた。


 「滅多に子供はできないのだけれど、長生きするから、作ろうと思えば作れるんだよ。ただ、夫は必ず先に死ぬし、生まれた子もダールとして発現しなければ、たいてい先に死ぬ。それがつらくて、あまり子を作りたがるダールはいないよ」


 「じゃ、ガラネル様は珍しいんですね」

 「そうだね」

 リネットの眼が、きゅう、と細くなる。


 「先代白竜のダール、カルポスは、寂しさに耐えかねて父親の違う子を三人も作ったけど、どういうわけかみな幼くしてダールとしての血が顕れてしまい……上の二人はダールとガリアの力に幼い肉体が耐えきれずに早死にして、三人目が当代の白竜・ホルポスさ。カルポスは二十年ほどまえに突然亡くなったんだけど、そのころ密かに黒竜が北方を訪れているのが分かっている」


 「……デリナが?」

 レストの声も潜まった。

 「まさか……」

 デリナが先代白竜を殺したというのか。レストは声が出なかった。


 「それは、わからないけどね。そして、ボクのひいばあちゃんも、子供を作った一人さ」


 「先代の青竜、バセッタですか?」


 「そうさ。ひ孫のボクがダールになるちょっと前に死んだけど、それはダールとしての寿命さ。ボクは末の孫のさらに末の子だから、世代的には孫の孫くらいさ」


 リネットが何を云いたいのかレストは分かりかね、戸惑うだけだった。

 と、ガラネルが母親にべったりのストラを伴い、部屋の外へ出てきた。


 「レスト、紹介するわ。末の子のストラよ」

 驚いた。ガラネルも、まだ何人か年上の子がいるのだ。

 そんな表情を見て、ガラネル、


 「……上の子は何人かいるけど、みんなもう、歳をとって……一番上は、孫もずいぶんと大きくなってるんじゃないかな。男の子は別家を起こして、陛下にお仕えしてるわ。男子もそうだし、女子もみんなダールにはならなかったから、普通の人間よ」


 「僕に紹介したかったというのは、この子ですか?」

 「そうよ」


 ふうん、とレストが改めてストラを見つめる。異国人のレストを見て明らかに動揺し、照れていた。ただでさえ室内で育って真っ白な肌が真っ赤になっている。


 「よろしく、ストラ」


 覚えたてのハーンウルム語であいさつすると、ストラは母親の後ろへ隠れた。

 「生まれてからずっとここにいて、ぜんぜん他人を知らないから無理もないわね」


 「おいくつですか?」

 「九つよ」

 「なぜ、ここに?」

 「ダールの子だもの。とね」


 ガラネルはそれだけ云うと、みなで応接間へ行き、四人でたわいもない話をしてすごした。日が暮れて食事が出て、その夜はガラネルとストラ母子水入らずで寝た。リネットとレストは、それぞれ豪勢な部屋をあてがわれた。


 翌日、レストはガラネルへ呼ばれ、先日の豪奢だが大きな鍵のついているストラの部屋へ向かった。


 入ると、随分とうちとけた様子で二人が待っていた。

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