第619話 第2章 2-1 ハーンウルムの深き月
「ちょっと、なんの騒ぎ?」
ガラネルが現れ、男も女も内宮の人間がいっせいに片膝をついて跪く。
「ガラネル様も、なにか云ってやってください」
と、云おうとして、レストは黙った。きっとガラネルはリネットには干渉しない。何かしらの理由があって。
「さ、出発するわよ」
「どこへ行くんです?」
「面白いところよ」
レストが黙る。どうしてガラネルは、自分をここまで連れまわすのだろうか。理由が全く分からない。何かに利用しようとしているのだろうが、自分なんかが何の役に立つのか、さっぱり分からない。
(ま、いざとなったら……)
逃げおおせるのは難しいだろうが、なんとか逃げてみせる自信はあった。
ガラネルはそんなレストを、にこにこと母親のような笑顔で見つめるだけだった。
そして、リネットへ向き直る。
「リネット、調子はどうなの?」
いいわけない。レストが顔をしかめる。
「ぼちぼちだよ……おかげさまでね」
「そう」
ガラネルはもう踵を返す。
「じゃ、行くわよ!」
ガラネルが決意に満ちた声を発し、国王や王族、宮廷の家臣たちが見送る中、二頭の
新都より風をつかんで南西へ飛び続けると、二日もしないうちに景色が一変する。それまで荒涼とした平原だったが、徐々に新緑の緑が濃くなり、ある堺で一気に一面の広葉樹林地帯となる。樹海の中に山々が盛り上がり、どこまでも森が広がっているさまは違う意味で圧巻だった。まさに分け入っても分け入っても青い山、だった。
すなわち、ハーンウルムへ入ったのだ。
こんな木々の密集した場所に、紫月竜は降りられない。ここには森林種の地上型の竜や、木々の合間を飛ぶことのできる小型の飛竜がいる。その飛竜は翼長がせいぜい五シルクトすなわち一五五センチほどで、とても人が乗ることはできない。
「ガラネル様、どこまで行くのですか!?」
空中でレストが声を張り上げた。
「あとちょっと飛べば、中継地点があるから! そこから、まずは旧王都をめざすわ! そして、最後は月の湖まで行くのよ!」
ガラネルはそう云うが、そこがどこなのか、行って何をするのか、まったく聞かされておらず意味不明だった。とにかく、ここまで来てしまった以上、行くしかないのだが。
森林地帯を半日以上飛び続け、かなり奥まで来たときに、忽然と森が開けて町が現れた。よく見ると森林の中に街道も通っている。ただ、竜は地形を活かした街道の流れとは関係なしに一直線で飛行しているので、これまで分からなかった。町へ近づくと護衛の飛竜部隊が近づいてきて、ガラネルを認めると歓迎飛行をし、そのまま三騎が周囲を護衛して町の竜待機場へ降下した。
すぐさま、待機していた町長を含め、町の幹部が勢ぞろいする。
「ガラネル様! ハーンウルムの深き月! ようこそこの地へお戻りに!!」
みな土下座のように地面へ跪いたまま顔も上げず、中央の初老の男性が叫ぶ。レストは驚いて声も無かった。
「相変わらず大げさねえ……もういいわよ。顔を上げてちょうだい」
いっせいに町の支配層が顔を上げる。神々しい物でも見るような表情の者もいれば、畏怖と恐怖で強張っている者、感涙に咽ぶ者、緊張で青ざめている者など、様々だった。
ガラネルはそんな下々の感情など虫でも扱うかのようにあっさりと無視し、すたすたと歩きだした。あわてて一行が立ち上がり、ぞろぞろと後に続く。
「カーノンへの連絡はついてるの?」
「それはもう、ガラネル様をお待ち申し上げております」
「じゃ、ちょっと休んで、明日には出発するわ。替えの竜をお願い」
「御意!」
カーノンとはハーンウルムの旧王都である。ここは地方都市アドゥエという。森の中の交易中継都市で、往時は王都防衛の前衛基地でもあった。したがって軍事施設が充実しており、竜待機場などがとても広く整備されている。飼竜舎も立派で、紫月竜に
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