第618話 第2章 1-4 王家の野望

 王都上空警戒の竜騎兵ガルドゥーンたちへ挨拶し、ガラネルはゆっくりと宮廷の中にある王族専用の竜待機場へ竜を下ろした。なんと、既に整然と居並ぶ人々の中央にはアトギリス=ハーンウルム王その人がガラネルを出迎えるために外で待機していた。


 「陛下! 御自らお出ましとは、おそれいりますわ!」


 竜から跳び下り、ガラネルが両手を上げて親愛の情を示す。なんと、王が片膝をついて臣下の礼をとり、それから立ち上がると身を屈めてガラネルとしっかりと抱擁し合って何度も互いの頬へ口づけした。身内の挨拶だ。


 「なんの、ガラネル様の久々のご帰還とあっては、私めが自ら出迎えるのはとうぜんのことにて」


 色黒で、長身に立派に整えられた髭もたくましい四十一歳の壮年の第八代アトギリス=ハーンウルム統一王シバルカン=アトネン=ハーンウルは、切れ長で鷹のように鋭い眼を細めて、小柄なガラネルをいとおしそうに見つめた。その表情は、アーリーを見つめるパオン家やスネア族の人々のそれに誓い。すなわち、彼が生れてよりずっと、ガラネルが傍らにいて彼を育てたも同然なのだった。


 そして、ガラネルの真名まなガウラネッリ=パガン=アトネン=ハーンウルを見てもわかる通り、当代の紫竜のダールは王家の出身で、王の高祖父レオギリス=アトネン=ハーンウルの末の妹……つまり王の高祖叔母にあたる。


 ガラネルは、五年ぶりに王都へ帰還したのだった。


 王はガラネルを身内の休む内宮の応接間へ通して、グルジュワンの高給茶と菓子で歓待した。


 「お戻りということは、なんとやらというガリアムス・バグルスクスの再現は……」

 「ああ、あの子は、諦めたの。ちょっと、手強くて……」

 「ほう……」


 ガラネル様ですら手こずるとは、と、王は驚いた様子だ。

 「では、どのように……?」

 「別室にいる、あのリネットというのを使うわ。あれは青竜のダールで……」

 「では、あの秘術を」

 王の眼が丸くなる。


 「やってみる価値はありそうじゃない? ちょうど聖地では黒竜も捕らえたということだし……」


 「聖地が、それを許しますか?」

 「許すも何もないわよ。私がやるったらやるんだから」

 王が頼もしげにガラネルを見つめる。しかし、


 「聖地なんかに、いつまでも大きな顔をさせてる場合じゃないわ。……竜王朝は、我がアトネン=ハーンウル家が新しい歴史を造るのよ。ディスケル家と……聖地を滅ぼしてね」


 ガラネルがそう紫色に不気味に光る瞳と口元の竜の牙を見せてと死の殺気をふりまいたときは、背筋に凍るものが突き刺さって冷や汗をかいた。


 「地図をもってこい」


 気を取り直し、王が用意させたハーンウル地方の地図を見ながら、二人はしばらく談合した。



 2


 三日後、リネットとレストは三日ぶりにガラネルと会った。その三日間は至れり尽くせりで、それは豪勢な王侯貴族の暮らしだったが、上司の不正を暴こうとして暗殺されたストゥーリア政府の中級官吏の子で、八つの時に隊商へ紛れて密かにラズィンバーグへ逃げ、紆余曲折の内にナランダに拾われたレストはその豪奢すぎる暮らしが異様な世界に映り、まったく馴染まなかった。くわえて、なにせ言葉が通じぬ。ストゥーリア語もサラティス語も通じない。癇癪を起したところ内宮の侍従が気を利かせ、三日目にサラティス語が少し話せる商人が呼ばれたが、来てすぐガラネルより呼び出された。


 リネットに到っては、この三日間ほとんど臥せっていたという。心配したこれも担当の侍従が典医を用意したが、まるで何も食べないし、診察すると傷は治っていたが表面的なもので、典医の常識でもとても助かるものではなく驚いたという。


 「どうやって生きているのか理解できない」


 などと典医は侍従へ云ったそうだが、そこはダールなので、人の常識は通じぬというところでなんとなく落ち着いた。


 「リネットさん、まだ何も食べてないんですか!?」


 レストが日に日に顔色の悪くなるリネットを本当に心配し、その美しい人形のような顔を怒りでゆがめた。


 「いくらダールでも、限度ってものがあるでしょう!」

 「ごめん……そしてありがとう。でもね、ボクは大丈夫だからさ」

 「なにが大丈夫なんですか!?」

 「レストはやさしいね」

 リネットはほのかに暗く笑うのみだった。

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