第614話 第1章 6-4 聖地の罠

 「こちらの酒は、味が馴染みますかな?」

 白く濁った酒で、ほんのりと甘くよい香りがする。

 「米から作るのですか?」

 パオン=ミが珍しそうに盃の中の液体を見た。


 「酒を造る専用の品種の米からね」

 「おいしい」

 マレッティが目を丸くした。白濁して、最初は牛乳か何かかと思ったが、酒とは。

 「御三方、どうか骨休みと思って、お気楽に、お気楽に」


 その後は、様々にホレイサン=スタルの習俗などを習い、過ごした。さすがに、政治体系や情勢は、


 「私は、そっちのほうはでね……」


 と、頑として親王は口を割らなかった。それは、本当に疎いのが半分、立場上云えるはずもないのが半分というところだろうと予測できた。パオン=ミも、そこはあまり追求しない。今は聖地へ向かうのが最優先であったし、下手に内情を探って機嫌を損ねては事だ。


 楽しく談笑し、夜も更け、一行は休むこととなった。通された一室には寝台が無く畳の上に布団が敷かれており、


 「外で寝てるみたい」

 と、マレッティは不思議がった。

 「それに、この紙の扉に鍵も無いわよお」

 そこは、パオン=ミのガリアがかすがいとなって襖を止めてしまった。

 「止めたところで、この扉では……突き破るのは容易でしょうなあ」


 マラカが呆れ果てて襖をなぞる。そこは、万が一に賊が来てもガリアで対抗するしかない。親王は善い人物のようだが、何が起きるかわからない。


 行燈あんどんの暗い火が消され、漆黒となった。


 歴戦のガリア遣いである三人、酒を飲んでもけして泥酔せず、このような場所で熟睡もしない。


 夜は深深と闇を落としていた。

 最初に気配へ気づいたのは、マラカだ。

 が、ほぼ同時にマレッティとパオン=ミも目を覚ます。


 まずマレッティが光輪を頭上へ出現させ相手の眼をつぶす。マレッティ本人は自分の力なので、閃光にも目は大丈夫だが、マラカとパオン=ミはそれへ巻きこまれぬよう、対処しなくてはならない。すべて阿吽あうんの呼吸だ。


 ガリアによりかすがいをかけた襖が音も無く開くと同時に、天井板も滑るように動き、全身を漆黒や濃紺、濃灰の装束に包んだ忍者たちがぞろぞろと出現した。


 「なめてんじゃあないわよ!!」


 マレッティが起き上がり、ガリアを発動! 室内を強烈な光が襲う……はずが、その両手からは何も出なかった。


 「ッ……!?」


 その瞬間に、龕灯がんどうで大ろうそくの明かりが向けられ、軟らかい光ながら逆に眼がやられる。すかさず縄が飛び、マレッティは首と手足をひっかけられ、そのまま畳へ引っ張り倒されるとたちまちのうちに縛り上げられた。


 あわてて跳び起きたマラカ、パオン=ミも、「あっ……」という間もなくグルグル巻きにされた。


 「ガ、ガリアが!!」

 ガリア封じだ! いつの間にか、ガラネル配下のバグルスがいたのか!?


 「いやあ、すまない。天限儀てんげんぎ(ガリアのことである)封じの結界を張るのに慣れなくてね……時間がかかってしまった。しかし、歓待をしたかったのも事実だよ。君らのおかげで、本当に助かったからね」


 煌々と提灯ちょうちんが掲げられ、周囲が明るくなる。部屋の四方八方に、見慣れぬ道服姿の布覆面道士がおり、先端に水晶球のような飾りのついた錫杖を手に祈りを捧げていた。これが、ガリア封じの秘術なのか!?


 「なあによお、こいつらあ!?」

 マレッティが転がったまま暴れるも、たちまち押さえつけられた。


 パオン=ミは驚愕の表情で、その道士を凝視した。なぜならば、その道士たちはホレイサン=スタルの術者ではなく、聖地ピ=パの竜道士だったからである。


 「で……殿下……もしや……貴方は……!」

 親王の柔和な笑顔が、そこで初めて狂気的に高圧的な笑みへ変わった。

 「そうだよ、カンチュルクのネズミ。私は、ホレイサンではなく聖地の間者だ」

 「……!!」

 なんたること! パオン=ミも読めなかった。目をつむり、顔をゆがめて後悔に沈む。


 「お望みとおり、これから聖地へ連れてゆくよ。俘虜ふりょとしてね」

 パオン=ミが再び顔をあげた。情けなさと憎しみで眼がうるんでいる。

 「な……なぜ、聖地が古代バスクス像を……!?」

 「下郎の知る由ではない! ……が、教えてやるよ。助けてくれたお礼にね」

 親王が蹲踞そんきょのように膝を曲げて身を屈め、パオン=ミへ顔を近づけた。


 「カンナカームィ対策だよ」

 パオン=ミの顔が恐怖に引き攣った。聖地が既にそこまで……!?

 「遠からず、聖地へ乗りこんでくるのだろう……? 返り討ちにする準備は、万端だ」

 立ち上がった親王の高笑いが響いた。


 パオン=ミが絶望的にうなだれる。マレッティとマラカが、何を云っているのか分からず、ただもがいた。


 「ここで殺されないことを……竜神様に感謝しろ」


 親王が顎で指図し、三人は屈強な忍者たちに頬を手で押さえつけられて、土瓶めいた容器から無理やり液体を飲まされた。何かしらの薬品が混ぜてあったようで、すぐさま意識が混濁する。


 闇と静寂が、戻った。

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