第607話 第1章 5-2 名も無き湖での自問

 「倒すとして、やはり、手順をしっかりしておいたほうがよいですぞ。特に、また姿を隠されては厄介」


 マラカの提案はもっともだ。

 「では、姿隠しのガリア遣いをだな……」

 その後、夜遅くまで談合は続いた。


 タカンは眼を細めて、仄かに暗く細い炎に浮かぶそんな女性たちを、ただ見つめていた。



 それから二日半ほど歩いて、一行は高台より眼下に湖を見下ろす位置にまで到達した。湖と云っても巨大な泉だった。ほぼ円形で、カルデラ湖だ。薄蒼く水をたたえ、雪の消えたばかりの周囲の丘を映している。


 「湖畔を通って、対岸の……あの方面へ抜ける。ちょうど、尾根と尾根のあいだに道がついているだろう……。今はあのように目に見える時期だが、今時期以外は完全に木々や雪に隠れて秘密の通り道となる」


 「ふうん」

 マレッティが、その道ではなく湖面を凝視して面白くなさそうに声を出す。

 「パオン=ミ、どうなの、敵さんは」

 「いまのところ、特に気配も臭いも無いな」

 「ふうん」

 もう一度、ジロジロと湖面を見つめる。


 「なにか、気になりますか? マレッティ殿。拙者が先回りし、様子を確かめましょうか」

 「いや……あんたのガリア、水の中も平気なのお?」

 「いえ、水中はさすがに……」

 いくら気配を消せても、泳げばその痕跡は見えるというわけだ。

 「なんぞ、水に気配でも感じるのか? 我の符で探ってみようか」

 「気配なんて大したもんじゃないわあ。勘よお」

 「勘は大事ぞ」


 「ま、この距離からオフダを魚へ化けさせるのも難しそうだから、近くなったらでいいわああ。それまで、周囲を探っておいてよ。とくにあの銀の短矢は、見えない場所から狙撃されたら防ぎようがないわよ」


 それにあのロープ遣いも厄介だ。妙な手斧遣いは、距離さえ詰められなければ、対処はできそうだった。


 「ドゥイカよ、霧はどうなのだ?」

 「この天気では、望めないな。朝方ならよかったかもしれない」

 「なによお、あんた、霧を出すんじゃなくて、出てる霧を操るガリアなのお?」


 「基本的にはそうだ。時間をかければ霧を呼ぶこともできるが……濃霧となるには、かなり時を要するんだ。湖の近くだと、山の中よりはまだましだが……急には役に立たない」


 ドゥイカは、はっきりと云い切った。

 「仕方あるまい、痛し痒しぞ。あまり霧が濃ければ、視界がきかぬ」

 「まあ、ね」

 なるようにしかならない。一行は出発した。


 まん中へタカンを配置し、先頭からドゥイカ、マレッティ、タカン、パオン=ミ、マラカの順で歩いた。


 斜面をゆるやかに下りて、やがて狭い湖畔の際へたどりつく。上からは見えなかったが、波打ち際はずっと歩けそうだ。だが、山側より襲われたら湖へ逃げるしかない。水はまだ、凍るように冷たいだろう。


 「なるべく、急いで進もう」

 ドゥイカが足を早める。

 「パオン=ミ、敵はどう!?」


 マレッティも緊張していた。パオン=ミの呪符の鼠や小鳥どもは、特に何の変化も伝えてこない。


 「特に何も……」

 パオン=ミも不安になる。何も無さすぎる。

 まさか。

 自分のガリアの特性をつかみ、何らかの対策をしているというのだろうか。

 (例えば、どのような?)

 パオン=ミは自問し、目まぐるしく脳内で思考実験した。


 問.我がガリアの行動到達範囲外に潜んでいるか?

 解.だがそれでは、奇襲は難しく、現実的ではない。


 問.実は、姿を消す敵のガリアは姿を消すだけではなく、我がガリアでも探知できぬ力を持っていたか?

 解.それでは、どうしようもない。敵はもうすぐ近くまで接近していると思って良い。


 問.我がガリアの変化した鼠や鳥を、漏れなく発見し、全て駆除しているのか?

 解.そういう力のガリア遣いがいれば可能だが、ロープ遣いや手斧遣いにできるとは考えられない。


 問.では、他にもガリア遣いがいたか?

 解.その可能性はある。


 (他に……他に手はないか……我が敵だったらどのように攻める?)

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