第594話 第1章 2-3 北方の案内役

 そう思ったが、きっとどこかで仮眠しながら見張りをしているのだろう。そういう訓練を専門に受けているのだ。確かに、尋常ではないほどに役立つ。この旅にあってこのメンバー。アーリーの見立ては正しい。


 その夜は、何事も無かった。


 翌朝、準備を終えていざ出発しようとするころには、どこからともなくマラカが帰って来ている。


 「あんた、ちゃんと食べてるのお?」

 マレッティが心配する。マラカは携帯糧食をかじっていると答えた。

 「それより、見回りの竜騎兵ガルドゥーンどもがウロウロしはじめておりますぞ」

 「流石に、早いのう……急ぎ出立だ」


 三人はすみやかにスーリーへ飛び乗り、スーリーが岩山を駆け上りつつ一気に頂から空へ飛び出て、大きな翼をはためかせて風をとらえ、北上を再開する。


 「追跡されておらぬか!?」


 マラカがその眼力で何度も周囲を確認する。今のところ、後を追ってくる竜の気配はない。


 幸い、そのまますんなりと山脈を北上できて、眼下に森林が見え始めた。まだ残雪が深いが、ところどころ緑も見えている。ひたすら白樺の木だ。


 そこからまた日が暮れてくるまで飛び、またどこかへ降りて野営しようと考えていたころ、はるか上空より密かに近づいていた北方竜の主戦竜の一種である吹雪飛竜が急接近してきた。飛行能力に特化した竜で、両腕が大きな翼になっている飛竜属だ。北方種の飛竜は尾が短い代わりに頭部に舵の役割をする平たい角が頭部と一体化してある。


 その気配にマラカが気付き、パオン=ミへ知らせる。すぐにスーリーを操って念のため戦闘態勢をとったが、はたしてそれは打ち合わせ通りに現れたダール・ホルポス配下のバグルスのシードリィであった。


 シードリィは右腕の肘から下をカンナとの戦いで失い、右目も最終決戦で失って満身創痍だったが、バグルスの回復力でかなり復活しているように見えた。しかし、腕や眼の再生は専門の技術者による調整が必要であり、先代のダール・カルポスが死んだいま、北竜属でその技術は失われていた。


 眼下に白樺と針葉樹の入り交じった森林地帯を見下ろしながらスーリーの左真横を滑空し、パオン=ミが右手を上げて挨拶すると、シードリィは左手で手綱を取り、肘から先のない右腕だけを上げて返礼する。


 そしてスーリーの前へ回るや、スーッと右へ流れた。誘導しているのだと分かり、パオン=ミもスーリーを流す。二頭の竜は東の地平線の奥から濃い藍色が迫り、藍色の奥に星が見え始めたころまで飛ぶと、まずシードリィが徐々に高度を下げ、やがて小さな泉の側の岩場へ一気に降下していった。


 「どう、ほう」


 苔むした巨大な岩の塊の上へ順に竜を降ろす。周囲は湿地帯だが、岩場を下りると地面もあった。雪解けでグチャグチャに水浸しだったが。


 狐に似た動物が、竜に驚いてどこかへ逃げて行った。

 「やれやれ、疲れたわあ」

 マレッティが肩をぐるぐると回し、大きく伸びをした。吐く息が白い。かなり北へ飛んだ。

 「春は遠いわねえ」

 ぶるっと震える。上空も寒かったが、地上もけっこう寒い。


 「ここからは歩いてゆく。フローテルの集落は、竜が降りられる場所に無い。森林の奥深くだからな」


 シードリィがぶっきらぼうに云った。カンナやパオン=ミと死闘を繰り広げたが、いまホルポスを救ったカンナへ忠誠を誓っている。


 「ここで野営か」


 パオン=ミが素早く岩の窪みを発見して燃えそうな小枝を集め、呪符で火を焚いた。既にマラカは消えている。マレッティが疲労で座りこみ、パオン=ミが岩場を下りて泉より水を汲んだ。いつもの小鍋で湯を沸かす。二頭の竜も、たっぷりと水を飲んでいる。


 「竜はここで放すしかないのう」

 「獲物はいるし、大丈夫だ」


 日が暮れるにつれ、シードリィの発光器が薄く黄色に光りだした。吹雪飛竜とスーリーも、穏やかな光を放ちだす。


 「そなた、食事はどう……」

 パオン=ミが糧食を出してそう云おうとしたが、シードリィが先に、

 「サカナでも食うか?」


 と云い、音も無く岩場の上から泉へ向かって跳びこんだ。水しぶきを上げるわけでもなく、するりと足先から水面へ消え、パオン=ミも驚いて泉を見下ろす。泉はすでに真っ暗に輝き、星と月を映していた。

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