第593話 第1章 2-2 辺境の傭兵国

 パオン=ミの火炎かえん華符かふが数十枚も風に乗って飛び散り、全て火の鳥となって群れを形成し、巨大な塊となって死竜へ回りこんだ。まるで火矢めいて胴っぱらへ突き刺さり、大爆発した。爆音が山間に轟いたが、大王火竜にしてはそよ風みたいなものだ。もっとも、腐っている肉体には多少の効果があったものか、肉片がふきとんで腹に穴が空いている。さらに、大王が空中でバランスを崩してガクンと失速した。弱った翼にも、いまの爆発がダメージを与えたのだろうか。いくら羽ばたいても揚力を発生させていない。


 そこへマレッティが放った巨大な光輪が迫る! マレッティの光輪はスーリーの向きからして直撃は不可能だったが、マレッティは岸壁に反射させて見事に命中させる。生きた大王火竜であればマレッティの光輪といえどどこまで通用するか分からないが、これは死体だ。肩口から太く長い首をかすって、赤い鱗を裂く。落ちる衝撃と風圧で、そのままバリバリと首が裂けてしまい、ドラゴンゾンビはもう一度炎を吐いたがそのまま裂けた首より吹き出て、自らの炎に巻かれながら錐揉みして落ちてゆく。そして見る間に小さくなり、岸壁に激突してグシャグシャになりながら斜面を転がり落ちて行った。


 三人は大きく息をついて、危機を乗りこえたことを喜びあった。



 V字を越えると、もうそこは山脈の反対側……竜属の地だ。マレッティにしてみれば、世界の果てとなる。パオン=ミにしてみれば、しかしそれは帰還を意味した。もっともこの場所はガラン=ク=スタルという土地で、パオン=ミの故郷であるディスケル=スタルの北方に位置する広大な寒帯林と草原を有する戦闘遊牧民族の地だった。


 「古来より傭兵の地として名高い。他になにも産物がないからの……もう五百年以上も北方部族を束ねているガムン王家は、ディスケル皇帝家より古い血筋を誇っている。とはいっても、蛮族の部族長にすぎぬ。格からいえば、まるで話にならぬわ」


 「格付けしてるのは誰なのよお」

 「それは聖地ピ=パの竜の審神者さにわどもよ」


 大昔のウガマールみたいなものか……マレッティはそう思った。帝国時代のウガマールも、当時の大神官がサティラウトウ皇帝の即位に神権を与えていたはずだ。


 スーリーは山脈ぞいを飛びながら、ゆっくりと北上した。同じような景色がまるで方向が逆に広がっており、マレッティは不思議そうに遠くを眺めた。異なるのはパウゲン連山が見えないことと、こちらのほうが土地がずっと広いということだ。


 「海が見えないわあ」


 海といっても、それはサラティスの南方に広がるサティス内海のことで、そのむこうには南方大陸がある。こちら側には、それがなくひたすら地平線の見える限りが陸だった。


 「海は、ここからは見えぬわ。もっと、ずうっと東方になる」

 「ふうん……」


 北へ向かうほどに気温が下がり、そのぶん高度を下げてまたちょうど良くなる。マレッティがどこまで飛ぶのかと問えば、


 「ガラン=ク=スタルの北限まで行きたい。傭兵の国ゆえ、無断侵入に厳しいのだ。たとえディスケル=スタル人であろうともな。ましてマレッティとマラカは異邦人ぞ。大森林地帯まで行ってしまえば、いくらでも隠れようがある。しかし、ここではのう……」


 確かに、山麓からは見渡す限りの高原地帯だ。ところどころ、要塞のような石造りの建物も見える。


 「国境警備の竜騎兵ガルドゥーンの詰め所ぞ。あまり近づきたくない。この距離ならば、近づかなければ大丈夫だ」


 「なるほどねえ……」

 「それに、どちらにせよフローテルに会うには北上せねばならぬ」

 「暗くなる前につくのお?」


 「難しい。明日の夕刻になるだろうな。夜通し飛ぶのはおぬしも辛かろう。今夜はどこかへおりて休憩せねばなるまい」


 「見つからないように、か」

 「そのとおりぞ」


 やがて日が暮れてきて、パオン=ミがスーリーを降ろす場所を捜し始めた。うまく岩場の陰になっている窪地をみつけ、そこへストンと着地する。


 「ここなら見つかるまい」

 それがこの場所を選んだ理由であったが、

 「こんなところ、襲われたら逃げられないんじゃないのお!?」

 「襲われたら、な」

 既にマラカがいない。パオン=ミの呪符もばらまかれている、というわけだ。


 マレッティは肩をすくめ、すばやく野営の準備をはじめた。テントを組み立て、簡易かまどを用意する。水は、先日の沢で汲み置きしたものを水筒より出す。


 「しっかし、マラカのやつ、いつ寝てるんだろう」

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