第584話 エピローグ2 デリナ

 「カンナのおかげで、クィーカも解放された。全部カンナのおかげだ」

 「そうか……」

 「なあ、もう、よさないか」

 アートが切実な声を出す。アーリーは無言だった。


 「アーリー……カンナが聖地で竜神を封じずとも……あと何十年かしたら、黄竜と碧竜へきりゅうが目覚めるんだろう? それでいいじゃないか。本来、その二人がする仕事なのだろう? これまでの五十年間も、何もおきていないんだし……」


 「それでは遅い」

 「なにがだよ!」

 アーリーはまた無言となった。アートが杖の先で地面を強く打った。


 「いつもお前は、肝心なところは隠している! 確かに、我々もお前の計画に乗り、利用した。しかし……もう、ウガマールはお前の計画を必要としない。分かるな。お前はもう、用済みだよ!」


 「そうか……」

 「そうか、じゃねえぞ!!」

 アートがアーリーの肩を左手でつかんだ。

 「レラを連れてゆくことは許可しない!」

 「許可されなくてけっこうだ」


 アーリー、その手を払いのけ、凄まじい形相でにらみ返す。

 「なにを……!!」

 「アート……あと少しだ……」

 「だから、なにがだよ!」


 「クーレ神官長は死んだ。神官長は自らの野望を私へ重ねた。だが私にとっては、神官長の野望は邪魔だった。どうしたものかと思案していたが……それを、レラが排除した。レラの存在は予定調和を崩している。……レラがいることで、連中の調和も崩される可能性が高い。レラを私へ預けるのだ……それが、ウガマールのためでもある」


 アートは、慎重に暗がりの中でアーリーの表情を観察した。その目の色、唇、表情の切れ端を。


 「……連中とは、ピ=パの審神者さにわどものことか」

 「そうだ」

 「ピ=パには、ウガマールで失われた秘儀が残っていると聴くが」

 「そうだ。神をこの世へ顕現させる秘儀がな」

 「神を実体化させるという、アレか」

 「そうだ」

 アートの眼が丸くなる。完全に古代創世神話の話だ。現実のものではない。


 「まさか」

 笑ってしまった。

 「笑いごとではないぞ、アート」

 アーリーの顔は、どこまでも真剣だ。


 「秘儀には、黄竜と碧竜のダールの秘術が必須。かといって、黄竜も碧竜も自ら死ぬことかなわず。なぜならば、ダールが死ねば次のダールが生れるだけだ……ゆえに、百年以上も前に両者は姿を消したと云われている。……そのため、それぞれの聖地ではそれぞれ両ダールの代わりを務める竜真人りゅうのまひとを用意することにしたのだ。なぜならば、その秘儀を行う星の巡りは、もうすぐだからな」


 「ちょっと待て」

 アートの顔が、笑いから半分引き攣った。

 「いま、なんと云った?」

 アーリーは、再びマイカの封じられている巨大な石の檻へ眼をやった。


 「おい……アーリー……もう一度、云え」

 アーリーは無言だった。

 「むこうにもカンナに匹敵するバスクスがいるって云ったのか!? ああ!?」


 アートがつばを飛ばした。

 「なぜ、いままで黙っていた!!」

 「確証が無かったからな」

 「ほおーぉ」

 アートが開き直る。


 「では、いまでは確証が得られたのか。さすが、竜の国にも色々とつながりのあるアーリー殿ですなあ。聖地にも草を送りこんでいると」


 アーリーが、踵を返して退室しようとする。

 「なんとか云えよ!!」

 「デリナだ」

 「なに!?」


 「デリナの最後の便りにそうあった。おそらく、デリナがその任に使われる。バスクスが三人。二対一だ……こちらに分が有る」


 アーリーの決然とした非情な言葉に、アートは息をのみ、立ちつくすのみだった。


 重い扉の音を立ててアーリーが出て行ってしまい、暗闇の中にアートが一人残って、いつまでもその場に立っていた。


 その表情は、驚きと憤りに、厳しく固まっている。

 水の中のマイカが、ほんの少し、眼を開けた。



 第6部「轟鳴の滅殺者」 了

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