第578話 第3章 5-3 黒い天秤

 または、もっとレラが自在に重力波を操ることができたならば……カンナの極細の、たった一つの波形の共鳴を探し出し、直接断ち切ることも可能だろうが、そんな発想も技術も無い。釣り針にかかった魚が釣り糸を切ろうという発想が無いように。ただ暴れているうちに偶然に針がはずれるか、糸が切れるのを期待するしかない。


 バアン! カンナが足元で音響を破裂させ、地面を飛ぶように再度レラへ迫る。レラは受けようともしない。接触した瞬間に、またこの共鳴と電撃を叩きこまれる。レラは必死になって、とにかく重力と風圧の壁を作ってカンナの突進を防いだ。


 その壁へ、黒剣の剣先が突き刺さった! カンナの突進が防がれた。続けざま、レラが重力波を重ねに重ねて懸命に壁を厚くする。剣先がしこまれて、カンナが下がる。カンナも必至だ。奥歯が砕けるかというほどかみしめ、右手へ痛む左手を添え、遮二無二に突き刺さる。電流の翼が出現し、猛烈な推進力を発揮した。凄まじい光と輻射熱が、闘技場から出てきたウォラ達やアートからも分かった。


 「……!」


 レラが息をのむ。壁へ突き刺さっている黒剣が不気味な音を立てて、振動が重力波を打ち消してゆく。重力の壁に、融けるように穴が空いてゆく。


 「う……!!」

 レラの顔が驚愕に冷えた。

 「こ、の……!」

 逆にカンナは顔を真っ赤にして力む。


 レラも歯を食いしばり、刀身に左手を添え、柄を右手に握り、両腕を伸ばして横向きにするとカンナへ水平に突き出した。膨大な厚さの重力壁が出現したが、カンナの黒剣はじわじわとそれを侵食する。氷の壁へ、湯を垂らしているかのごとくに。


 「……う、う、う……」

 レラの顔が恐怖に青ざめた。

 その恐怖を楽しむかのごとく、黒剣が確実に重力壁へ穴を空けてゆく。


 「うわっ……わあああ!」

 レラが叫び、思わず精神が逃げに入った。魂魄が逃げる。力が弛む。

 瞬間、ついにその黒剣の切っ先が分厚い重さの壁を突破した!


 ギィアアアアア!! 絶叫めいた共鳴が轟き、レラの頭蓋を揺さぶりつける。レラの悲鳴は共鳴にかき消えた。さらに、蛍光翡翠の発光が何本もの触手となってほとばしって、レラを雁字搦めにする。


 「アアアアア!!」

 電撃に打ち据えられ、レラの意識がたちまち飛んだ。

 とたん、黒刀が変化!


 レラの魂の敗北を察し、まるで自らが取って代わるように風紋ふうもん黒玻璃くろはり重波刀じゅうはとうがレラの手より逃れ、ギュヴャッと刀身が伸び、蛇めいてレラの頭上に逃れるとその形状が変化する。


 とたん、これまでの何倍もの「重さ」の風がカンナにしかかってきて、さしものカンナもはじき返されて後方にぶっ飛んだ。


 「な、なに……」

 かなり距離をあけられ、カンナが体勢を整えなおした。


 レラはぐったりとうなだれ、その頭上にギュルギュルとうごめいて球になる黒刀が。その黒い塊から、とぐろを巻いて空間の歪みが風となって吹き出ている。地面が砕け、反重力で浮かび上がる。レラも、ゆっくりと空へ向かって上昇した。まるで何かに吸いこまれているようだ。カンナは奥歯を咬みしめ、レラを見上げる。


 黒刀が、本来の姿を露わにした。どう見ても……どう見てもそれは、だった。


 「……!?」

 カンナが瞠目する。いったい、何がどうしているのか。

 と、天秤の片方が、ガグン、と下がった。

 カンナへ、これまでで最も強大な重しがかかる!

 カンナでなくば、一撃でペシャンコになる圧力だった。


 地面が一気に陥没し、カンナは二百キュルトは陥没したクレーターの底で土を舐めた。

 それから、天秤が逆にガグン、と動く。

 立て直す間もなく、カンナは一気に


 レラを飛び越して、岩山の高さをも越えて青空の光る天空に放り出されたのち、再び天秤が逆方向へ動いた!


 カンナは空中でじたばたしていたが、次は地面へ向けて猛烈に引っ張られ、再び地面へ突き刺さると、今度は先ほどの倍も深い大クレーターが出現する。


 「……こなくそおおお!!」


 これにはカンナもキレ気味に、蛍光翡翠の後光もまぶしく膨れ上がり、レラの重力波そのものを共鳴振動で打ち消す。一気にクレーターの底より飛び出ると、レラめがけて轟音塊と轟雷撃と数十……いや、数百もの大小の球電を叩きつけた。

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